第33話 新人アルバイト

***


「初めまして! 雪島琴乃ゆきしまことのです! よろしくお願いします!」



「ああ、うん、よろしく」



「というわけで滝沢君、今日は梅田さんが風邪をひいて休みだから雪島さんについてレジをお願いね」



「分かりました」



 準備を済ませてタイムカードを押した俺を待っていたのは、店長と新人の雪島さんだった。


 

 一目見て知り合いじゃないと分かったので安心したのもつかの間、店長からのお願い――ならぬ業務命令を受けてしまった。



 本来なら俺ではなくて、同じ女性の梅田さんという大学生の先輩が教える予定になっていたんだけど、体調不良なら仕方ない。



 それにここで頼まれて一体誰が断れようか。



 雪島さんの初々しい笑顔がやけに眩しく感じた。緊張とかしていないんだろうか。俺なんか最初の頃はガチガチに緊張していたと思うけど。



「一応前回もレジに入ってもらって一通りの流れは頭に入っていると思うから、滝沢君はサポートをよろしく。あともし手が空いたら食品の方も……それからごみ捨てがまだ……」



「な、なんとか時間見つけてやっておきます……」



「それじゃあ雪島さん、あとは滝沢君の指示に従ってね」



「はい!」



 事務所の外へ出ていった店長の狸のような背中にお辞儀をする雪島さん。大方タバコでも吸いに行ったのだろう。 



 ……憂鬱だ。



 ていうか完全にキャパオーバーなんだが。店長にいろいろと矢継ぎ早に言われたけど、俺一人ならともかく新人の子がいてそんな手が回るわけがない。



「えーっと雪島さん……とりあえず時間だし下に降りて準備しようか」



「了解です!」



 雪島さんは両手に手のひらサイズのメモ帳とペンを握って大きく頷いた。その元気を少しでいいから分けてほしいぐらいだ。



 あと一応初対面だから自己紹介とかもしておいた方がいいのだろうが……。



 そう思って防犯カメラに映っている店内の様子を見た俺は、やっぱり後回しにすることに決めた。



 何でこういう日に限って混んでいるんだ。






***


「あら今日は滝沢君もなのね」



「ええまあ」



「じゃあ私は上がるから、二人ともあとは頼むね」



「お疲れ様です」



「お疲れ様です!」



パートの磯崎さんとレジを交代する。



そして一息ついたのと同時に一人目のお客さんがやってきた。



「雪島さんスキャンいけそう?」



「が、頑張ります……!」



さすがに若干声が上ずっている。ようやく人間っぽいところを見れた気がした。



「俺は隣にいるから焦らずにやれば大丈夫だから」



「はいっ!」



よしっ、と一言呟いて自らに気合を入れた雪島さんは、勢いよく「いらっしゃいませ」と一礼をする。



「ポイントカードはお持ちでしょうか?」



前回教えてもらって経験しているようだし、そこまでの心配は必要ないだろう。



後はその気合いが空回りしないことを祈っておこう。









***



「滝沢さん今日はどうもありがとうございました!」



「そんな礼を言われるようなことはしてないけど……。雪島さん覚えがいいから見てて安心できたよ」



これといったトラブルは一切起こることなく、四時間のレジ業務が無事に終了した。



雪島さんはとても二回目とは思えないほどの手際のよさに、俺の方が手持ち無沙汰になるほどだった。



そのため店長に言われていた細々とした雑務も、何とか閉店までに終わらせることができた。



まだ商品のバーコードの場所に戸惑ったり、うっかり卵などの潰れやすい物をカゴの下に入れかけたり……みたいなことはあったけど、こういうのは数をこなしていくうちに慣れるだろう。



とりあえず危惧していた全然仕事できない人ではなくてよかった。いい意味で期待を裏切ってくれたと言えよう。



これでもっと他の仕事を覚えれれば、俺も楽できるようになるはずだ。



そんなことを考えながら着替えを済ませ、更衣室を出た俺の目に飛び込んできたのは、一人の細身の美少女だった。



「雪島さん……?」



「?」



まるで再び初対面の挨拶でも始めるかのような反応を示した俺に、雪島さんも首を傾げる。



いや、この数分で雪島さんの顔を忘れたとかそういうのではない。



さっきまでと雰囲気が変わりすぎて、一瞬本気で誰だか分からなかったのだ。



……それもそのはずか。



業務中はマスクをつけて髪を結っていたのが、今は素顔を晒して髪も真っ直ぐにおろしている。



「あっ、すみません、待ち伏せするような真似して……今日会ったばかりなのに引きますよね」



「い、いや全然引いてないよ。何か仕事で分からないところとかあった?」



やはり最近まで中学生だった名残が見える童顔は平野を想起させる。



それでいて、さらさらで艶やかな黒髪は沙月の大人っぽさを感じさせられた。



中身は二人と大きく異なるけど、身に纏う雰囲気はあの二人のいい所を切り取って掛け合わせたようなものだった。



俺の問いかけに雪島さんは首を小さく振ると、その小さな両手にメモ帳とペン——ではなくピンクのスマホを俺に差し出した。



「あのっ、もしよければ連絡先交換しませんか? バイトだけでなく高校のこととかいろいろお聞きしたいことがあるので……。い、嫌なら別に——」



「あぁ、それぐらい全然いいよ」



特に断る必要もない。同じ高校だということは三原さんから聞いて知っていたから、さっきそれとなく話していたのだ。



その時にテストの過去問ほしければあげるって言ったから、気軽に連絡がとれる手段があるのはありがたい。



こうして俺のスマホには、久しぶりに女子の連絡先が追加された。

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