第3章

第32話 プロローグ


***


スーパーでのアルバイトを終えた俺は、事務所で着替えをしていた。



今日は夕方から雨が降ったり止んだりを繰り返していたせいか、お客さんの数は普段より少なかった。



バックヤードから出る時にデリカコーナーを覗いて見たけど、大量の半額シールが貼ってある食べ物がに残っていた。



どうせ廃棄にするのから弁当の一つぐらいほしいところだが、全て家畜の餌いきである。



店側からしてみれば売上が伸びず痛いところだけど、ただのアルバイトである俺にとってはありがたい。



どれだけ忙しかろうが暇だろうが時間単位で給料をもらっている以上は、なるべく楽してお金をもらいたいのだ。



「お疲れ滝沢君」



「あっ、三原さんお疲れ様です。雨また降ってきたんですか?」



「うん、でも小雨だから帰るぶんは大丈夫かな」



 更衣室の扉が開き、三原さんが髪についた水滴を拭いながら中に入ってきた。



 俺の三つ上で大学生のアルバイトだ。第一印象は爽やかで優しい人。その評価は一年経った今でも変わっていない。



 業務中にプライベートの話をすることはほとんどないため、俺と三原さんが言葉を交わすのは主に閉店後の今が多い。



 特に俺なんか年上の人と話す機会なんてバイトぐらいしかないから、かなり新鮮味を感じるのだ。



「もう高校は普通に授業始まってるの?」



「そうですね、英語と数学はいきなりテストから始まったぐらいですし」



「あー、そういやそんな感じだったなあ。休暇を挟むと絶対テストを挟んできた記憶しかない」



「大学は違うんですか?」



「僕のところはないよ全然。特に最初の講義なんかは、どういったカリキュラムで進めていくかの説明だけのことが多いから、下手したら30分足らずで終わることもあるんだ」



「大学って確か90分でしたよね?」



「そうだけど、時間きっちりやる先生と、そうでない割と適当な先生もいるよ。キリがいいからって10分前に終わったり、逆に講義のこと忘れてて大幅に遅刻してきたりと」



「高校じゃ絶対考えられませんね……」



大学は高校までとは全くの別物だということは、これまで三原さんから何度も聞いていた。



俺と違って文化祭やら何やらで青春を謳歌しているらしい。



文化祭といえば、うちもまだ半年先の話だけど今年ももちろんある。



去年のことは正直あまり思い出したくない記憶があるけど、果たして今年はどうなることやら……。






「——そういえば滝沢君聞いた?」



着替えが終わって出ようとした時だった。



ロッカーをバタンと閉めた三原さんに呼び止められる。



「……何の話ですか?」



「新しいバイトの子が採用されたらしいよ」



「えっ? それは初耳です」



毎回ギリギリの人数で回していて、常に求人募集しているはずが全く応募のなかったうちのスーパーにも、遅めの春が訪れたのだろうか。



実はこの四月でベテランの社員が一人異動になったのだ。



代わりに来たのが経験の浅い人だったため、パートのおばちゃん達が愚痴を零しているのが俺の耳にも届いていた。



「僕も昨日店長に聞いたところなんだけど、すごい可愛いJKが入った! ってむちゃくちゃ興奮してたよ」



「顔採用っすか 」



「ははは……まあ僕からしてみれば顔でもなんでも、仕事さえちゃんとこなせてくれれば宇宙人でもいいんだけどね」



最初の乾いた苦笑いは、恐らく俺ではなくここにはいない店長に対してのものだろう、多分。



という俺も考えは三原さんと同じで、男だろうが女だろうが普通に働いてさえくれれば誰でもいいって感じだ。



一から仕事を教えて、そろそろ独り立ちってタイミングで辞めるとかさえしなければ、ヨボヨボの爺さん婆さんだって構わない。



ただ女子高生ってことは俺と同い年かあるいは一つ下か。



さすがに三年生がこの時期に入ってくるとは考えにくいし……。



「ああそういえば、滝沢君と同じ制服を着てたとも言ってたから、もしかしたら知り合いかもしれないね」



「それはそれでこっちも緊張しますよ」



最後にそんな言葉を交わして、俺と三原さんはそれぞれの帰路につく。



知り合いと言われ、ほんの一瞬だがなぜか俺の脳裏には二人の横顔がよぎった。



「まあさすがにない……よな」



絶対にないと言いきれないのが怖い。



今の俺は平野とも沙月とも少しギスギスした関係が続いている。



それでももしかしたら…………。



いや、考えるのはやめよう。



どの道もうすでに採用は決まっているんだ。既に確定してる未来に悩んで無駄にストレスなんか溜めたくない。




バイト先から家までは頭の中を空っぽにして、ひたすら大声で熱唱した。



これも人の少ない夜道だからこそできる田舎の特権みたいなものだ。







——そして週末、俺はさっそく新人とシフトが被り、その日の教育を任せられることになった。

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