第31話 本当の嘘つき
***
——両親が海外に転勤になったから、俺はおばあちゃんの家に引っ越すことになった。
違う。お父さん、お母さん、お兄ちゃんは交通事故で亡くなり、俺だけが生き残った。
——俺と沙月は、俺が事故に会う前から恋人関係だった。
違う。元々はただの知り合い以上友達未満の関係だった。
——事故の影響で俺は記憶喪失になっている。
違う。目覚めた当初は確かに混濁していたが、そのせいで部分的な記憶の欠落というものは起きていない。
——俺と平野は高校に入って初めて出会った。
違う。本当はその少し前……俺が事故に会った日にとある理由で一度だけ会ったことがある。
平野も沙月も俺に対して何かしらの隠し事をしているのは見て明らかだった。
けど大事な家族を早々に失ってしまった俺は、あの病院で目覚めて以降しばらくは、自分で物を考えるということを放棄していた。
卒業するまでのしばらくは、何もかもを沙月に委ねていた。
今になって沙月が俺の目の前に再び姿を現したことだけは、驚きを隠せなかったけど平野を意識する沙月を近くで見れるのは新鮮味があった。
その逆も然り。平野は沙月以上に俺に対してのおい目があるのだ。
あの日迷子の平野に声をかけた——そのせいで俺のその日の予定は全てズレて、夜の悲劇を生み出すきっかけになったのだから。
正直なところ、かれこれ一年以上ずっと自分を偽り続けて過ごしてきたせいか、俺自身もどうしたいのかが分からない。
二人に対して恋愛感情を抱いているのか、それとも俺に向ける好意をこれからも利用し続ける関係を求めているのか。
あの事故があっても、今の俺は身体的な不自由をほとんど被ることなく日常生活を送ることができている。
けどそれと引き換えに、俺の頭と心はどうやら修復不可能なレベルに壊れてしまったのかもしれない。
二重人格なんて大袈裟なものではない。
ただなんて言うか、今の滝沢速斗と昔の滝沢速斗は別人のような気がしてならないのだ。
俺に比べたら沙月と平野の嘘なんて可愛いものだ。
本当の嘘つきは俺なのだから……。
とりあえずは、平野がこれ以上引きこもりを極めて不登校にならないように、電話をかけてみることにしよう。
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2章終わりです。
3章からは元の時間軸に戻って話を進めます。
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