第38話 長い一日の終わ……

***


「朝話した通り今から修学旅行に関する資料を何枚か配布するので、各自なくさないように保管しておいて下さい 」



例のごとく両手両足を震わせながらプリントの束を抱えてやってきた黒井先生。



今日のロングホームルームの予定としては、最初に先生から修学旅行の行程の説明。



それからホテルの部屋割りとグループ行動のメンバーを決める。



何かの間違いで、全部くじ引きで決めるとかに変わらないだろうか……。



俺には一応蒼樹がいるからまだ多少は心のゆとりがあるけど、こういう時のガチぼっちってどうなるのだろう。



教師たちはもっと生徒のことを考えるべき!



と声を大にして突きつけてやりたい気分だ。



けどそんな少数の意見なんて誰も見向きもしないに決まっていた。



せっかくの修学旅行なんだ。誰だって仲のいい友達と一緒に行動したいに決まっている。



「なあ速斗、結局どうするのか決めたのか?」



「何を?」



「何をってそりゃあグループ行動のメンバー以外に何があるんだよ……!」



蒼樹に後ろからペンで首元をつつかれた。蒼樹はコソコソ話をしたい時、こうすることが多い。



教壇では黒井先生が一日目から最終四日目までの行動予定について、お経のように唱え続けている。



これらは全て配布された資料を読めば分かることだから、まあ聞かなくても問題はない。



俺の隣の人も話そっちのけで全く別の箇所を見ているようだし。どうやらどんなホテルに泊まるのか興味があるらしい。



ちなみにホテルは一日ごとに変わるため、計三つのホテルに泊まることになる。



北海道という広大な土地を移動するのだから、その方が都合がいいのだろう。



「一つ思いついたことがある」



「二股クズ男を払拭する起死回生の一手があるのか?」



「お前までその名で呼ぶな」



本当に一体誰なんだ最初に言い出したのは。面と向かって言われたわけではないけど、僅か半日足らずでそういう異名がついてしまったことだけは確かだった。



今日は教室とトイレの往復を繰り返していたけど、その際に他教室の前を通る必要がある。



けどなぜか俺が歩いていると、廊下で会話を楽しんでいる誰もが一瞬口を止めてこちらに視線を向けるのだった。



つまり、既に今朝の出来事はこのクラスから漏れ出てしまっているということ。



一躍有名人だ。全然嬉しくはないけど。



「いいアイデアがあるのは構わねえけど、もう時間だぞ? 本当に大丈夫なんだろうな」



蒼樹の言う通り、黒井先生の長い説明は最終日どこどこで解散みたいな話になっていた。



……なんて聞いているうちに、話しすぎてもう時間がないからとすぐに班決めに移ることになった。



「これは前にも話しましたが、男女混合のグループでお願いします。五名程度とはありますが、皆さんにもいろいろな事情があると思うので、多少の…………」



いろいろな事情……という部分でなぜか俺の方を見られた気がしたけど、さすがにそれは気のせいだと思いたい。



黒板の前は、教室全体が見渡せるように少し段差があるから、見下ろされている感じがしただけだろう、多分。



「リーダーを決めたらここに用紙があるので、全員の名前と……………………」



……ていうか先生本当に話が長いな。



前の時計を確認すると、もうあと十五分ほどしかなかった。そんな短時間でとうてい決まるとは思えないのだが。



「——こちらからは以上です。後は皆さんに任せますので残りの時間、少ししかありませんが話し合って決めてください」



それが一つの合図になった。



黒井先生は教壇を降りて、教室窓際の隅の方へ移動した。



当然と言えば当然だけど、完全に俺たちに一任するみたいだ。小学生じゃないんだかは、つまらない喧嘩等は怒らないと考えているんだろう。



そうしてクラスメイト達も、様子をうかがうかのように椅子を引いて各自立ち上がる。



こういうのって今からよーいドンで決めるのではなく、予め友達同士内々で決めていると俺は思っていた。



その考えは、きっと間違ってはいないはず。俺のところには一つの誘いもなかったけれど。



教室の中にある四十ほどの点が、それぞれ引き合わされるように一つの塊になっていく。



俺は立ち上がることなく、その場でじっとしていた。



蒼樹は俺の隣にやってきてしゃがみ込んでいる。



「動かねえのか速斗?」



「もうすぐだから」



そしてすぐに、沙月と平野がほぼ同時にやってきた。



「これ、二人とも書いてね」



「二人って、もしかしてオレも……?」



「うん」



蒼樹の顔が一気に青ざめた。本当にごめんな、巻き込んで。



それにしてもこんな蒼樹がこんなカスれた声を出したの初めて聞いた。まるで砂漠で飲み水が尽きた人みたいだ。



平野の手には申請用紙が握られている。もう貰ってきたらしい。



そしてご丁寧に、二人とも名前も記入済みだ。ただしリーダーの欄は空欄だが。



「えっ、もしかしてこの四人でグループになるわけ?」



「ええ、そうよ」



「うん、そうだよ」













——昼休み。



おばあちゃんが早起きして作ってくれたお弁当を豚小屋以下の場所で食べることにより涙を流していた俺は、二人にメッセージを送っていた。



この修学旅行では、グループでの自由行動が二回予定されている。



二日目の午前から昼にかけてと、三日目の昼から夕方にかけてだ。



それを踏まえた上で、俺は文章を打ち込んだ。





『——自由行動の時に二人きりになれるよう、蒼樹に図ってもらう。二日目と三日目どっちがどっちかは、二人で話し合って決めてほしい』





沙月と平野。多少言い方は変えたものの、二人とも了承してくれた。



というより、二人のことを考えたら断らないだろうと思っていた。



それぞれの返信を読み終えた俺は、一抹の不安はあったがスマホをポケットに戻してドブ臭い個室を後にした。






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