第39話 夜になっても終わらない


***



『滝沢がそうしてほしいってのなら、神部さんと話してみるけど……。けどその代わり――』




『私は別に構わないわ。平野さんしだいだけど。でもあなたの言うことを聞いてあげるのだから、その代わり――』



***




平野と沙月。二人とのやり取りを見返す。



あの後――グループ行動の班決めは何とか時間ギリギリでクラス全体決まることができた。



他のグループが誰と誰が一緒になったとかはそもそも興味がないため、全然知らない。



ただ平野に関しては、男女問わず「うちの班に入りなよ」という勧誘を受けていた。



特に平野とよくつるんでいる女子何人かには、「あんな奴やめときなよ」とか「弱みでも握られてるの?」など横目で俺の方を見やりながら間接的にかなり罵倒された。



それに対して平野は、てっきり愛想笑いで乗り切るのかと思いきや「私が滝沢以外の人を好きになることはないから」とハッキリ言い放ったのだ。



これにはさすがの俺もびっくりしたし、自分でも顔が熱くなっていくのをリアルに感じていた。



同じように、平野の友達もどう返していいか分からず、俺を呪殺するかのような鋭いガンを飛ばされたため、俺は逃げるようにして教室から出て帰宅した。



その後の事は知らない。







「――バイト中に彼女さんと連絡のやり取りですか?」



「えっ――」



カラン――と、手から滑り落ちたスマホが乾いた音を立てる。



「落としましたよ、はい先輩」



突然背後から声をかけ、地面に落ちたスマホを拾い上げてくれたのは雪島さん。



つい最近新しくアルバイトとして採用された、同じ高校の一年生だ。



見られた……? いや、でもその前にホーム画面に戻しておいたはず……。



「あ、ありがとう雪島さん」



……良かった。手渡されたスマホは暗転していて、念の為確認してもちゃんとホーム画面が最初に映った。



「……わたしには一切メッセージ送ってくれなかったのに」



「えっ……?」



ボソッと恨み言でも吐き捨てるように呟いた雪島さんに、俺は再度肩をスマホを落としそうになる。



「……先輩からお休みのメッセージが一つでも来るかもって、一晩中待っていたんですけど。おかげで今日は寝不足です」



「いやそれは……」



俺は真正面に立つ雪島さんに意識を向ける。



涙の跡……? 確かに言われてみれば何だか目が腫れていて……いるようないないような……。



「は、恥ずかしいですからっ、そ、そんな真顔で見つめないでくださいっ!」



両手で目を隠して口だけをパクパクと動かす。



「あぁごめん」



さっきのボヤきは本気なのか冗談なのかどっちだったんだろう。



俺も実際雪島さんからメッセージが来るかもって淡い期待を抱いていただけに、やはり深夜のノリで何か送っておくべきだったかと少し後悔する。



「まあ仕事の最中でも連絡を欠かさないんですから、夜なんて彼女さんとのイチャイチャで忙しくて、なおさらわたしに構う暇なんてないですよね」



雪島さん、何か微妙に勘違いをしているのは気のせいだろうか。



「あの……雪島さん」



「はい先輩、補充が必要なお酒のリストです」



「ありがとう……って、そうじゃない!」



今日のバイトは雪島さんと品出しをすることになっていた。頼んでいた仕事を終えてちょうど帰ってきたのが今さっき。



「何かミスでもありましたか?」



「それは完璧、問題ないよ。問題なのは雪島さんの頭の中だ」



「?」



雪島さんは首を傾げながら自らの頭を指さす。



「俺彼女いないから」



「えっ、そうなんですか……?」



正確に言えば俺と付き合っていると言い張っている人は二人ほどいるけど、その話をし出したらキリがないから黙っておこう。



雪島さんにまで二股クズ男呼ばわりされたら、さすがに堪える。



「雪島さんが何を勘違いしているかは分からないけど、昨日の夜は宿題が忙しくて、今もソシャゲのイベントをちょっとやってただけだよ」



清々しいぐらいの嘘まみれ。目が泳いでいたかもしれない。



そんな俺の嘘を雪島さんは――



「あっ、そうだったんですか! すみませんわたしったら早とちりしてしまって……」



今の反応だと、さっきも後ろから覗かれていたということもなかったか。



ただ雪島さんが恋愛脳だった。俺の中でそういう風に結論づけられ――



「てっきり今日の朝、眼鏡をかけた美人な人と登校していたから彼女さんかと思っていましたが、違うんですね!」



「えっ」



「去年まではずっと、小柄でショートカットの人と門の前で待ち合わせていて――」



「ちょちょちょっと、ま、待って雪島さん!」



ここがお客さんのいないバックヤードでよかった。店長もタバコを吸いに行ってるだろうし、聞こえていないはずだ。



「どうしたんですか、急に大声出して」



「どうしたんですか、じゃないって……!」



今朝沙月と一緒に歩いていたところ見られていたのか。



それは仕方のないことだと思っていたけど、まさか雪島さんに目撃されていたとは。



しかしそれ以上に……。雪島さんって去年まで中学生だったよな。



確かにうちの高校の前は、近くの中学校の通学路として利用している人が多い。



けどなんかいろいろとおかしくないか……? どうして去年のことを雪島さんの記憶に――



「――ところで先輩、今日うちの高校に二股クズ男が誕生したらしいんですけど」



「…………はい?」

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