第40話 不意打ち
「わたしもクラスの人から聞いた話何ですけど、二年の先輩で今朝突然クラスの女子二人と交際してる宣言をした人がいるとかいないとか……」
「へ……へえ」
考えるまでもなく俺のことだ。雪島さんのその情報には誤りがあるけど、指摘なんかできない。
もうひとつの可能性としては、他のクラスで俺以外の本物の二股クズ男が誕生したという線だけど、そんなの考えるだけ無駄か。
沙月と平野が笑いながら肩を組むぐらい起こりえない事象だ。
「……先輩さっきからすごい汗かいてますけど大丈夫ですか?」
「今日は暑いから……」
雪島さんの真意が読めない。昨日まではただの元気ハツラツな女の子だと思っていたけど……。
今朝産声をあげた二股クズ男の正体が俺だって知っている上でこの話題を振っているのか、それともたまたまなのか。
「先輩、そのチューハイもう荷台に乗ってますよ」
「あ、本当だ……ありがとう」
雪島さんから受け取った補充が必要なリストを元に、荷台にケースを乗せていく。
単純な作業で慣れれば頭を空っぽにしながら、何なら鼻歌を歌いながらでもできる業務。
一年経って俺もその領域に達していたはずだけど、どうやらただの驕りだったらしい。
後輩のたった一言でこのザマだ。全く仕事に集中できなかった。
間違って載せてしまった商品を元の棚に戻して、代わりにこのハイボールを……と下の段にあるケースを取ろうとしゃがみ込むと何やら鼻先に甘い香りが……。
「先輩さっきの話に戻りますけど――」
「雪島さん、仕事中は余計な私語は慎まないと」
「…………ソシャゲはいいんですね」
「……ごめん、好きなだけ戻ってくれていいよ」
せっかく自然な形で仕事に戻ろうとしたのに。雪島さんはどうして蒸し返そうとするんだ。
他のクラスに広まることは仕方ないと受け入れられるけど、まさか半日で他学年にまで知れ渡るとは思ってもいなかった。
しかも伝言ゲームよろしく、事実よりも俺のクズ男っぷりが加速しているし。
「わたしだけ突っ立ってるのもあれですし、お手伝いしますね」
雪島さんも俺と同じようにしゃがみ込んで、肩が触れ合う距離にまで寄ってくる。
じめじめして薄暗い倉庫のような空間に、春の妖精でも訪れたみたいだな……。
鼻腔をくすぐる柑橘系の香りが雪島さんから漂ってくる。ここで汗とダンボール以外の臭いを嗅ぐのは初めてだ。
「それで……さっきの話っていうのは……?」
「先輩さっき誰とも付き合ってないって言いましたよね? なのに二股宣言したのはどうしてですか?」
「……ものすごいド直球な問いだな……」
こんな至近距離で整った顔の子と話すなんて、それだけで顔が熱くなってテンパってしまう状況なのに、今の俺は真逆だった。
全身の血が引いていく。やはり二股クズ男が俺だと雪島さんは知った上で――
「えっ、あれって本当に先輩のことなんですか!?」
「えっ?」
「えっ?」
素っ頓狂な声を上げたのは雪島さん。もしかして、というかもしかしなくても……。
「カマかけた?」
「……す、すみません」
このまますっとぼけていたら誤魔化せていたのか……。
けど一日でこんなに広まっていたのだから、明日の放課後には俺の顔と名前にいろんな尾ひれのついた悪評とともに、全校生徒の耳に行き渡っていたと考えたらまだ雪島さんの変な誤解を解くチャンスを得たと前向きに考えられる。
「雪島さんには話しておこうと思うけど……」
「?」
俺は一連の流れについて雪島さんに簡潔に話した。
自分が同じクラスの女子二人相手にどっちつかずの態度を取り続けていた結果、どちらも自分が付き合っていると勘違いして、とうとう今日お互いに爆発したと。
一番重要なところは全部省いたけど、雪島さん相手ならこれぐらいでもいいだろう。
本来なら俺と沙月、平野の三人で内々に済ませるべき問題なのにここまで事が大きくなったのは俺としても想定外だったし。
「わーなるほど……モテるんですね先輩」
「モテるのとはちょっと違うと思うけど……」
これは前々からずっと思っていたけど、二人が俺に対して抱いている感情はただの恋愛感情ではない。
依存なのか贖罪なのか、上手くハマる言葉が浮かんでこないけど、少なくとも一般の高校生カップルとは程遠いのは確かだ。
「でもどっちも選んでないんですよね? 将来ハーレムでも作るんですか?」
「いやいやそんなつもりはないよ、ただちょっと今の俺たちには時間が必要だと思って……」
正確には時間を必要としているのは多分俺だけだと思うけど。
「そう……ですか。ちなみに先輩はそのお二人のことは好きなんですか?」
「好き……なのか正直よく分からないんだ。ある程度の好感はあるけど、それが胸がドキドキするような好きなのかは自分でも分からない」
「な、なんか先輩にもいろいろ事情があるんですね……」
露骨に目をそらされた。顔も引きつっているように見える。雪島さんからすれば「こいつ何言ってんだ」って感じだろう。
同時に二人の女子に手を出すなんて、いわゆる典型的な女の敵だ。幻滅されたって仕方ない。
――生理的に無理なんで、もう話しかけないでください。
とか言われそうだ。それか今日限りで辞めたり……。
「――じゃあそろそろフロアに戻るので、わたしは先に荷台を降ろしてますね」
雪島さんが手をついて立ち上がろうとする。
そりゃそうだ。こんなのと一緒に仕事なんてしたくないと思うのは当たり前の反応だ。
「あ、うん、よろしく……」
俺も探していたケースを取って荷台の空いているペースに乗せた。
ちょっと長話し過ぎたな……ここからちょっとペース上げないと閉店までに終わらない。
「俺ももう一つの荷台の準備が終わったらそっちに行くから、先に補充の方頼むね」
「了解です……っとその前に先輩、こっち来てもらっていいですか?」
「どうかした?」
荷台の押し手を握る雪島さんに呼ばれた。重くて動かないとかだろうか。
荷台は年季が入っていて、乗せすぎると男の俺でもたまに重いと感じてしまう。一ケースこっちに移動させるか。
そう思い雪島さんの元へ行き、一番上に乗っていたケースに手をかけた俺は――
「先輩こっちです」
雪島さんに腕を引かれ、次の瞬間――左頬に柔らかい唇を押し付けられていた。
「ゆきし……えっ……?」
何が何だか分からず困惑する俺、雪島さんはそんな俺を顔を真っ赤にしながら真っ直見据えていた。
「今先輩に彼女もちゃんと好きな人もいないなら、わたしがアピールしても全然問題ないってことですよね……!」
早口でそう言うと、よく顔文字とかで見る(>_<)みたいな目で、雪島さんはそのまま勢いよく荷台とともに消えていった。
俺はしばらく雪島さんに口づけされた頬に手を添えたまま、しばらく立ち尽くしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます