第21話 対峙
たとえ友達の家であっても、初めて訪問するときは緊張するというのに沙月からはそういう謙虚さみたいなものが全く感じ取れなかった。
敢えて余裕があると装っているのか単に図太いだけなのか、舞には分からない。そもそも沙月とは友達って言うほどの仲ではないのだから。
舞にとって沙月は都会から転校してきた女の子——最初はそういう認識だった。
「ここがわたしの部屋。飲み物は何がいい?」
「気を遣わなくていいわ。さっき速斗の家の冷蔵庫から一本頂戴してきたから」
そう言うと沙月は見せつけるようにカバンの中からペットボトルの麦茶を取り出した。
速斗——舞が沙月を追い返さなかったのも、これが理由だった。
なぜ転校したてなのに名前で呼ぶほどの間柄になっている。昨日の昼食時に初めて自己紹介をしたというのに。舞が早退してから今に至るまで、速斗の家に行くまで距離が縮まった?
そんなバカなことが――
この一年間偽物とはいえ、彼女だった舞でさえ速斗の家には行ったことがなかった。おばあちゃんがいるから……と理由つけて速斗自身が拒んできたからだ。
それがなぜ、こんなぽっと出の地味なメガネ女子に――
怒りよりも、悲しみの方が大きかった。沙月に座るように促した舞は、沙月のペースに乗せられては駄目だと心の中で言い聞かせる。
この時舞の中である一つの仮説が立てられていた。沙月もかつての舞のように速斗に一目ぼれをした。それで舞と速斗の間に違和感を覚えた沙月は牽制の意味を込めて今日ここにやってきた。
どのようにして自分の家を知ったのかは不明だが、今は置いといていい。名前呼びは勝手にしているだけ、本当は家になんか行ってない。その飲み物もここに来るまでの自販機で買った物。
という舞の都合のいいように立てられた仮説は、一応筋は通っている。けれども、その直後にフラッシュバックした昨日の音がそれを一瞬にして崩したのであった。
——速斗。
——沙月。
保健室の扉に手をかけたまま固まった自分を思い出す。それ以上何も聞きたくなくて頭から布団を被っていたら、先生が帰ってきて早退する羽目になった。
「神部さんは滝沢とどういう関係なの?」
もしここで白を切るようなら、ビンタの一発でもかましてやろうと本気で思っていた。
自分が真正面から睨まれているというのに表情を変えない沙月は、淡々と答えを口にする。
「どういう関係って、私と速斗は付き合っているのよ」
「は…………?」
「あら、速斗から聞いてないの? 私たち同じ中学で、その時から恋人関係なの」
「わたしをからかってるの?」
精一杯の強がり。動揺しなかったといえば嘘になる。否定しようにも、どうしてもあの廊下での二人の会話が頭の中で響く。
壁を感じさせない――それこそ旧知の仲と話すような声音。でもまさかそんな偶然が起こりうるだろうか。
「こんなとこで嘘なんかつかないわ」
沙月は手元でスマホを操作すると、その画面を舞に見せた。
「これは……」
「中三の冬に一緒に初詣に行った時の写真よ。まあ二人で並んでいるだけだから付き合っている証拠にはならないけど……あっ、なんなら今から速斗に電話で聞いてみる? それでハッキリするでしょ」
スマホに映し出されている一枚の写真に釘付けになっていた舞の耳には、沙月の言葉が届いていなかった。
お揃いの白いニット帽をかぶって肩を寄せ合う速斗と沙月。中三の冬だと、あの事故が起きた後だ。まだあどけなさが残る速斗の笑顔。こんなに幸せそうに無邪気に笑う速斗を舞は今まで見たことがない。
「本当にあんた達……」
どれだけ喉や腹、口に力を込めても声の震えを止めることはできなかった。
沙月の言うとおり、こんなこと速斗からは一度も聞いていない。というか当時彼女はいないと言っていた。それは嘘だったというのか。
少しは好意を寄せてくれていると思っていた。けど抱きしめている時も、キスをしている時もずっと速斗の中には別の女がいたということなのだろうか。
これまで速斗の目に映っていたのは自分ではなく、沙月だった――?
現実を受け入れるには情報量が多すぎた。
「写真ならたくさんあるわ、見る?」
「……いい」
今速斗に聞けば――舞は自分のスマホを手に取り、手のひらが手汗で滲んでいることを知った。指先が震える。
今からの舞の選択次第で、これまでの全てがなかったことになるかもしれないのだ。
本当は速斗にも、沙月にも訊ねたいことは山ほどある。でも答えは聞きたくなかった。それでも何とか振り絞り、沙月に問う。
「どうして滝沢との関係をわざわざ家に来てまで言いに来たの? わたしはただのクラスメイトだよ」
「その話を深堀すると、多分あなたのこと殴ってしまいそうだから後にするわ」
沙月は意味深に舞の背後にあるベッドに視線を向けた。そういえば玄関で速斗の匂いがするみたいなことを言っていた。
その時は何言ってんだと思い聞き流していたが、あれは全てを知ったうえで――
とすると、それは速斗の口から……。
いろんな線同士が絡み合って交錯し、更には精神的なショックを受けていることも相まって、舞はまともに頭を働かせることが難しくなっていた。
そんな舞への追撃が、沙月によって想定外の個所から放たれる。
「今日はあなたにお礼を言いに来たのよ、平野さん」
「お礼?」
「ええ、だってあなたのおかげで私は速斗を手にれることができたのだから」
「どういう……こと……?」
――――――――――
すみません、切り悪いですが諸々の都合でここで1章終わりです。
2章はまた近いうちに再開する予定です。
恐らく沙月の回想から……。
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