第36話 宣言②


高校入学と同時に引っ越してきて、未だに友人がほとんどいない俺。



そしてつい最近引っ越してきて、俺以上に友人と呼べる者のいない沙月。



クラスの中であのような宣言を堂々としたにも関わらず、コンマ数秒ほどの熱気が上がったかと思えばすぐに冷めたことも何となく納得できた。



もしこれが俺と沙月じゃなくて、クラスの中心人物だったり……いや、そんなこと考えても仕方ない。



俺にとっては大きすぎる沙月の爆弾発言も、他のクラスメイト達にとっては一種の電波障害のように感じただけなのかもしれない。



凍りついた時間はすぐに溶け、何事もなかったかのようにまた動き出した。



要はあまり俺たちに興味がないということだ。



好きの反対は無関心だとよく言われているけど、まさにそれを体現しているようだ。



こんなことを思うと、まるで注目してほしかった、質問攻めにあいたかったと勘違いされるけど、そんなことは一切ない。



むしろ傷を最小限に抑えられたと言ってもいいだろう。



まあ、いつもよりほんの少し周りのチクチクするような視線が気になるけど、それも時間とともに薄れていくはず。



だがしかし。



ただ一人。俺の後ろの席の男はそうでもないみたいだけど……。



「おいどういうことだよ速斗! 神部さんってあんな冗談いう子だったのか!?」



「……話すと長くなる」



さっきから俺の両肩を掴んで揺すり続ける蒼樹。



すっかり忘れていたけど、蒼樹は沙月が転校してきたその日からちょっと気がある素振りを見せていた。



この前お昼に沙月を誘おうと俺に持ちかけたのも蒼樹だった。



正直蒼樹がどこまで本気かは分からないけど、もしそうだったとしたら俺は最低なことをやっている。



……もうすでに最低な人間には変わりないけど。



蒼樹相手に誤魔化し続けるというのは無理があるし、こうなったからには近いうちに全て打ち明けようとは思う。



けどその日、その瞬間が俺と蒼樹の間にある友情が崩れさるXデーになることは間違いないだろう。



俺の暗くて質素な高校生活に、更なる加速がかけられることだ。



「ついこの間二人ではじめましての挨拶したとこだろう! 何でオレのいないとこでそんなことになってんだよ!?」



「だからちゃんと話す、話すから。まずはその手をどけてくれ」



興奮と困惑が入り混じったような声で暴れる蒼樹を何とか落ち着かせようとしているうちに、予鈴のチャイムが鳴った。



皆それぞれ自分の席について、先生が来るのを待つ。



沙月と蒼樹もそうだけど、それと同じかそれ以上に何かしらのフォローを入れなければいけない一人の女子生徒が斜め前に映っていた。



なぜ今日に限って平野がいつもより早く登校していたのだ。



そんなことを今さら考えても仕方ないが、これも運命のイタズラで済ませるしかないのか。



あの時——平野と視線が交錯した衝撃が強く残っていた。



少女漫画に出てきそうな綺麗でつぶらな瞳が、あんな風に深い闇を宿すところは初めて見た。



俺の方から目を逸らしたため、どのくらいの間その状態が続いていたのかは分からない。



そしてそれ以降、何だか怖くて平野の顔を見れていなかった。



さすがに今のように背中しか見えない後ろ姿だけと、普段と何も変わらないように見える。



ひとまず安心といきたいところだが、それが逆に不安にもなっていた。



ただ学校では俺と平野はただのクラスメイト。前に一度保険室にこもって……みたいなこともあったけど、そうそう二人きりになれる機会はやってこない。



最低でも今日は放課後まで我慢するしかないな……。







——なんて、呑気な考えでいたのがいけなかったのか。



それとも少し気が抜けて油断していたのか。



今朝沙月の口からも話題に出ていたけど、朝のショートホームルームで担任の黒井先生からも話があった。



言わく、今日の七時間目にあるホームルームで修学旅行の班決めをするから各自そのつもりでいるように、と。



後は特にこれといったお知らせなどなく、先生が教室を後にすると、一時間目の英語が始まるまでおよそ十分。



各々トイレに行ったり教科書を開いたりと準備をする。



俺は用を足すため席を立とうとし、そこに一つの人影が立ちはだかっていることに気づく。



それが誰か確認する前に、先に上から声が降ってきた。



「——ねえ滝沢」



平野…………?



と口に出したつもりだったけど、音は乗っていなかったらしい。



人間本当にびっくりした時にはこんなにも声が出なくなってしまうものなのか。



こうやって真正面から顔を合わせたのはいつ以来だ?



それよりも一体なんの用で。それにここは外じゃなくて学校だぞ。



平野にかけたい色んな言葉が頭の中でぐるぐると駆け巡る。



だが傍から見れば俺はただ椅子の上で固まっているだけだ。



そんな石像みたいになっている俺に対して、平野は構わず続ける。



「——修学旅行一緒の班になるよね? だってわたしたち付き合っているんだから」







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