第46話 デート③
風呂場へ向かった沙月が戻ってくるまでかなりの時間がかかった気がした。
多分実際には二、三分しか経っていないはずだけど、時間の流れがとてもゆっくりに感じられた。
まるで嫌いな授業を受けているときに、何回時計を見ても針が動いていないみたいな、そういう空間にいるみたいだった。
その間俺は部屋の中をザッと見渡してみる。入る時に沙月が一番安い部屋って言ってたから、中は意外と狭い。
今俺が座っている二人がけの黒いソファとシンプルなダブルベッド。小さい薄型のテレビ。そしてなぜかスロットマシンが置いてあり、その隣に精算機がある。
「どうしてそんなにガチガチに緊張しているの? 初めてじゃないでしょ?」
「こういう所に来るのは初めてなんだ」
なぜか腕まくりをして戻ってきた沙月は、意外そうに目をぱちくりしながら俺の隣に腰を下ろした。
「平野さんとは?」
「……ないよ」
平野とは、平野の家以外ではしていない。そういう話も出たことはあったけど、金銭面でもったいないし、ベッドの上ならどこでも一緒でしょ、という平野の一声でそれから話題に上がることはなくなっていた。
「じゃあ私が速斗の初めての相手ってことになるわね?」
「……顔を洗いに来たんだよな……?」
「…………」
「いや、そこでなぜ黙るんだ」
俺たちがここに来た目的は、キリンに顔面を舐められてドブのような臭いを放っているこの汚い顔を何とかして上書きするため……そのはずなのだが。
音のない空間のせいか、僅かな沈黙が流れただけでも口の中に唾がたまってしまう。
左右どちらかに重心を傾けただけで、ソファが深く沈み込む。
何か喋ってこの気まずい雰囲気を壊さなければ……そう思ってもこういうときに限って話題が何も浮かんでこない。
隣の沙月は少し悲しいような、それでいて強ばったように唇を噛みそうなぐらい力を込めていた。
「――ねえ、どうして平野さんはよくて私は駄目なの?」
「沙月……?」
沈黙を破ったのは沙月だった。俺の方から何らかの行動を起こすのを待っていたようにも見えたけど、違うかったか。
「やっぱり平野さんのあのグラビアモデルみたいなプロモーションに慣れると、私みたいな貧相な身体じゃ興奮できないってことよね」
「そういうわけじゃ……」
少なくとも、ここに来た時点でそういう流れになるかもしれないと思っていた。
何もしないから、ちょっと休憩するだけだから――というのは、男が女を誘う常套文句だと何かの漫画で読んだことがある。
今回は沙月が理由つけて俺を誘ったわけだけど、俺に好意を寄せてくれている沙月が何も考えていないことなんてあるだろうか。
もしも俺だったら、入り口を通って入室した時点でもう了承したと受け取ると思う。
「速斗だってここがどういう所か分かった上で入ったんでしょ。もしも本当に嫌な素振りを見せていたら私は諦めるつもりだったわ」
沙月は前かがみになって俺の太ももにそっと指を添わせる。
青いワンピースの胸元のその奥が露わになり、肌色の素肌と白い二つの膨らみが、嫌でも目に留まる。
何度目か分からない、唾液が音を立てて喉元を通過した。
あの事故が起こる前だったら――今こうして普通の高校生の男女としてむしろ俺の方から沙月に襲いかかっていたかもしれない。
けど平野と違って沙月は――
「――ほらその顔」
「えっ?」
更に沙月との距離が縮まる。身体全体を俺の方に預けるように力を抜き、そっとさっきキリンに舐められた頬に手を添えられた。
「普段鏡を見ないから自分では分からないと思うけど、難しいことを考えているときすごい表情に出ているのよあなた」
なぜか重量感のようなものは一切なかった。まるで最初から俺の一部であったかのように、沙月に乗られ足が絡みつく。
「さつ――」
名前を呼ぼうとしたその口は、物理的に防がれたことによりその先の言葉が発せられることはなかった。
「あなたが何を考えているのか、大体のことは想像がつくわ。でも私にだってプライドはあるの。今は私のことだけを見てほしい」
沙月は胸元のボタンを一つ、二つと外していく。隠れていた純白の下着が部屋の明かりにさらされて光って見えた。
同時に、今まで抑えていた俺の本能も抗えなくなったのか、理性とは裏腹にハッキリと男性特有の反応を示していた。
もちろん俺に乗りかかっている沙月がそれに気づかないはずがない。
一瞬戸惑ったようにその箇所に目をやるという初心な反応を示した沙月は、すぐに眼鏡の奥の瞳をとろけさせた。
「私のこと好きにしていいんだよ速斗。……ううん、速斗の気が済むまでむちゃくちゃにしてほしい」
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