第2話 二年生
田舎町――といっても、それはあくまでも都内と比較してのことであり、電車やバスが一日に数本とか最寄りのコンビニまでの距離は三キロとかいうレベルではない。
電車は二十分に一本は来るし、コンビニはもちろん大型の商業施設だってある。駅近くにはホテルや旅館、更には映画館にカラオケボウリング場、若者の娯楽を満たすには十分すぎるほどだ。
「じゃあ行ってきます」
「はいはい気を付けてね」
とは言え、俺が去年からお世話になっているおばあちゃんの家は築五十年を超えており、少しでも火がついたら一瞬で燃え尽きてしまうのではないかとちょっとだけ心配している。
家から学校までは歩いて十分ぐらい。自転車や電車通学の人が多い中、近所に高校があるってだけでかなり恵まれているのだろう。
その俺が今通っている高校なのだけど、数年前に二つの高校が合併して一つになり、そのタイミングで校舎も新しくなったことから、かなり奇麗な建物になっている。
俺の出身小学校、中学校、そして本来受験を考えていた高校よりも遥かに外観も内装も近未来的な何かを思わせる造りになっていたため、初めて見学でここを訪れた時はド肝を抜かれた。
一学年四クラスの公立高校。私学を受験しないこの辺りの地域の人はほとんどここに集まるため、誰も知り合いのいない異界の地に放り込まれた俺ではあったが、入学してもそれほど孤立することはなかった。
同じクラスに同じ中学出身の知り合いは、大体七人ほどだって聞いた。
最初はてっきりここに通う学生は全員保育園からの幼馴染で、俺だけ異端者扱いを受けるのではとビビっていたのも今では懐かしく思える。
「――おはよう滝沢」
「おはよう平野」
時刻は八時十分。約束の時間ピッタリだ。
平野も俺と同じでここの近所に住んでおり、徒歩通学者だ。学校を挟んでちょうど西と東に位置しているから、俺たちの家は多少距離がある。
今日は二年生になって最初の登校日。つまりクラス替えがある。
完全にランダムだった一年生の時とは異なり、二年生では文系と理系で二クラスずつに分かれるのだ。
「実はわたし文系じゃなくて理系志望で出したって言ったらびっくりする?」
「奇遇だな。俺も理系の選択肢に丸印をつけたんだ。将来は物理学者としてアインシュタインをも超える――」
「あ、あったよ。二人とも三組だ。それでアインシュタインがどうしたの? 期末テスト数学三十点の滝沢隼斗くん」
「……教室は三階だな」
一年生の時にたまたま四分の一の確率を引き当てたことから、俺と平野の歪んだ関係は始まった。
今回はそれよりも当たりを引く可能性が高い二分の一。二年連続で同じクラスになったところで特に驚くこともない。
「――よお速斗。またしばらくお前の背中を見る日々が始まるのか」
「
教室に入って、黒板に張られた座席表に指示された席へと向かうと意外な人物が俺を待っていた。
前に会ったときはパーマをあてていたはずなんだけど、今はオーソドックスなツーブロックスタイルになっている。
「そりゃあ最初はオレもそのつもりだったんだけどよ、聞けば理系は野郎ばっかで女の子たちはほとんど文系に集まるっていうじゃねえか。だから変更してもらったんだよ」
「まあ何というか……蒼樹らしい理由だな」
「来年は受験があるから多分みんなそれどころじゃなくなる。オレはこの一年に全てをかけるって決めたんだ」
「気合十分なのは分かったから、いつもみたいに空回りしないように気をつけなよ」
「大丈夫だって。今シーズンのオレは生まれ変わったてとこをお前にも見せてやるよ」
五十音順で並ぶ座席において、蒼樹は去年も俺の後ろでふんぞり返っていた。
この高校に入って――というよりこの街に来て初めて同年代と言葉を交わしたのが蒼樹だった。そして今では一番仲の良い友人になっている。
俺も詳しいことは知らず、蒼樹自身もあまりこの話は進んでしないのだけど、どうやら蒼樹は元々大学までエスカレーターの私立の学校に通っていたらしい。
恐らく名前を聞いたことがない人はいないほどの、超有名校だ。それが何かわけあって高校から普通の公立高校に方向転換。
最初会ったとき蒼樹は角刈りヘアーだった。その風貌も相まってぐれたのかと思っていたが、そうでもないようだった。
成績は常に学年で五番以内に入っており、去年テスト前はどれほどお世話になったことか。
「そういえば聞いたか速斗。今日から可愛い女子がうちに転校してくるみたいだぜ」
「まあ……ていうかさっきからクラスの中もその話題ばっかだし」
本当にみんなどこから情報を得てきているのだろう。ところどころ耳に入ってくる新たなクラスメイトの会話の断片だけを拾っても、転校生の話ばっかりだ。
小学生時代は割と頻繁にこの手のイベントは起きていたとは思うが、それだけ高二の時期の転校生が珍しいってことか。
「決めたぜ速斗」
「何が?」
「もしその可愛い転校生がうちのクラスだったら、オレはその子に猛アタックをかける」
「何だそれ。それに可愛いってのはまだ噂なんじゃないの?」
「いいや、オレの直感が脳に囁いているんだ。ここが勝負をかけるときってな。もちろんその時はお前にも手伝ってもらうからな」
「いや、何で俺が……」
「えっと何だったっけ……数学三十点にしてノイマンの生まれ変わりの――」
「全力でサポートさせていただきます」
実際のところ蒼樹には去年主に勉強面で大きな借りができた。もし利息がついていたら自己破産不可避なぐらいまでに。
平野も俺と同じく理系科目は苦手なため、頼れるのは蒼樹しかいなかったのだ。
――そんな話をしているうちに始業式の時間となり、俺は蒼樹と一緒に体育館へと向かう。
平野が友達数人と一緒に出ていくところをさっき確認した。
「そういやお前はいないのか?」
「いないって何が?」
「好きな人とか気になる人とかだよ」
「……今のところは」
「とか言って転校生に一目ぼれした――とかいうのは勘弁してくれよな」
「それはないから心配無用だ」
昨今の情報社会において、田舎町じゃなくても噂なんてすぐに行き渡る。
それを裏付ける一つの事柄として、この学校でカップルが誕生すれば次の日の朝にはすでに学年中に誰と誰が付き合い始めたという情報が出回っているのだ。
けどなぜか俺と平野の関係を知っている人は、少なくとも俺の知る限りはいない。
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