第44話 デート①

***


「おはよう速斗」



「おはよう……ってさすがに早すぎないか?」



沙月と約束した土曜日がやってきた。



朝八時に迎えに行くとだけ伝えられていた俺は、休日にも関わらず普段お同じ時間に起きて準備を終えていた。



もう少し遅くてもいいだろ、という異議を唱えたくても何せ今の俺には連絡手段がない。



と言っても日常生活で困り果てていたかというと、意外とそうでもなかった。



むしろ夜自室で過ごす時間を勉強に充てることができていた。学生は本当にやることがなければ、勉強机に向かうというわけだ。来たる中間試験が今から楽しみである。



そうやって僅かな期間だけど勉学に励むことによって分かったのは、俺は勉強ができないんじゃなくて、勉強を始めるまでの椅子に座ってノートや問題集を開けるのができないということだった。



「何一人でニヤニヤしているの、そんなに私とのデートを楽しみにしていたの?」



どうやら顔に出ていたらしい。いつもならすぐに否定するところだけど、今日は二人で過ごすのだから沙月の機嫌がいいことに越したことはない。



「わりと楽しみにしてた」と真顔で返すと、沙月は「そ、そう」と前髪を指でくねくねさせながら顔を赤らめて見せた。



よく俺をからかう沙月だけど、いざ自分がやられると思っていた以上の反応を返してくれる。



「電車の時間に遅れるわ、早く行きましょう」



照れを隠すためか、スタスタと駅に向かって歩き出す。



まあ電車に乗り遅れたらちょっと面倒くさいというのは、俺も思っていることだし素直に追いかけることにした。



東京と違って、わざわざ時刻表を調べてから家を出ることには未だに慣れていない。



休日は平日よりも更に本数が少なくなり、この時間帯は三十分に一本となっている。



もし目の前で逃すようなことがあれば、東京ではトイレに行って戻ってきたら次の電車が来ていたのに対して、三十分時間を潰す必要がある。



「ところで今日はどこに行くつもりなんだ?」



「遠いところよ」



「全然答えになってないんだけど」



秘密というわけか。多分これ以上追求したところで答えは返ってこないだろうし大人しくついて行くか。



「今日は風が心地よくて涼しいわね」



「ちょっと天気が心配だけど」



揺ら揺らと沙月のロングワンピースが静かにたなびいていた。



春を感じさせる青いコーデ……というか、沙月が

ワンピースを着ているのは初めて見たかもしれない。



私服姿で会うことは何度かあったけど、今日は何だか雰囲気が違う。露出度で言えば同じスカートでも制服の方が多いのに、それでも視線を吸い寄せられるものがあった。



「天気アプリの雨雲レーダーでは大丈夫そうよ」



「だったらいいけど……」



俺は上空に漂う灰色の雲を見上げる。念の為折りたたみ傘を持ってきてもよかったかも……。







***



「案外空いているのね」



「そうだな」



俺たちが乗った時、電車の中は横に寝そべっても問題がないぐらい乗車している人は少なかった。



そもそもこっちに引っ越してきて電車に乗ることはほとんどなかったし普段がどれくらいなのかは分からない。



もしかしたら平日は通勤通学ラッシュで満員なのかもしれないし、今日は休日のこの時間帯だからこそこうやった伸び伸びと座れているとも考えられる。





――なんて、呑気に揺られていたのも僅かな間だった。



一駅着くたびに増える人。そして降りていく人は少なく、乗車人数と降車人数が非常にアンバランスになっていた。



それが五駅ほど続くとあっという間に座席は埋まり、吊り革に捕まる人やドア付近に立つ人が目立ってきた。



当たり前と言えば当たり前か。俺たちが今乗っているこの電車は、簡単に言えば田舎方面から都市部の栄えている街に向かっているのだ。





「――降りるわよ」



出発してからかれこれ二十分ほど揺られていただろうか。



隣でスマホを弄っていた沙月と違って何もすることがなかった俺は、肩をつつかれてふと我に帰る。



夢の世界へと引きずり込まれそうになっていたところを沙月によって引き戻された。



「皆降りるな……」



「ここで乗り換える人も多いのよ」



各駅停車でずっと来ていたのをここでは特急電車も停止するということで、多くの人がぞろぞろとホームへと降り立つ。



その集団の一部である俺たちも、人の流れに乗って改札口を出た。



「まずはあなたのスマホからね、近くにショップがあるから行きましょう」



「えっ、沙月もついてくるの?」



「駄目なの?」



「駄目……っていうわけじゃないけど……」



「それに原始人のあなたじゃどこにお店があるのかも分からないでしょ」



「原始人て……」



スマホを持っていないだけでこの扱いだ。けど実際何もできないのは事実だった。



久しぶりに人が忙しく行き交う街に来た。朝とは違ってここだけ時間が早送りされているみたいだ。



家の周辺とは違って首を大きく上に向けても最上階が見えないようなビルや建物が建ち並び、コンビニやドラッグストアなんかは常に視界に入っている状態。



「何を呆けているの、別にそんなに珍しいってわけでもないでしょ」



「まあそうだけど……」



「携帯ショップはこっちよ、迷子にならないよう私から離れないでね」



「ちょっ――」



そう言って腕を組んできた沙月に一瞬ドキッとするも、沙月はお構いなしに俺を引っ張って人混みの渦へと引き込んでいった。





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