第24話 あの頃の記憶②


***


念の為、次の日の学校は休むことにした。



まだ後から吐き気などの症状が出る可能性があるから、家で安静にしておいた方がいいと診察してもらった医師がそう言ったのだ。



学校を休めるのは嬉しいことだけど、急なことなのでやることはない。



今日の沙月の予定は、家の中でダラダラ過ごす――ただそれだけである。



一応怪我人という身だから、外出もできない。何より一階に母がいるから出ようとしてもすぐにバレる。



ベッドに寝転びながら適当にスマホをいじっていた沙月は、ふと昨日のことを思い出した。



病院で同じクラスの滝沢速斗を見かけたことを。



昨夜は久しぶりの慣れない病院で疲れてしまったのか、早々に寝てしまいそのまま朝を迎えた。



「確か腫瘍内科……だったわね」



検索ページでその四文字を打ち込み、適当に出てきたサイトをタップして読んでいく。



「…………」



時間だけはたっぷりあったので、十サイトほどの病院や個人ブログを閲覧して、大体書いてある内容が同じだと分かり一旦スマホをベッドの上に置く。



「癌……薬物療法……」



仰向けになって天井を見つめる沙月は、得た情報を頭の中で整理する。



腫瘍というのは、癌による腫瘍なのだろう。そしてそこで薬物療法――つまり抗がん剤治療を行うのだ。



沙月が見たサイトのいくつかには、マッサージチェアのような椅子に座って点滴を受けるイラストも載っていた。



要は、あそこに用事があるのは癌患者だけなのだ。



「けど滝沢君は……」



学内での速斗の様子を思い返す。



長期に渡る欠席はなく、体育の授業も毎回参加している。健康体そのものだ。



どう見ても癌を患っているとは思えない。だったらなぜあそこに彼がいたのか。



可能性としてはもう一つ。試しに沙月は、昨日の病院のホームページを開いてみた。



「やっぱり……」



あそこの病棟は一階が腫瘍内科になっていて、それより上は各科ごとの入院病棟にもなっているのだ。



「ということは滝沢君の身内の誰かが……」



入院していて、昨日はそのお見舞いに来ていたと考えるべきだろう。



よく考えればなんてことはない簡単な話だった。やはり頭を打った影響があるのか、変に難しく考えようとしていた。



まだ本人に確認もしておらず沙月の勝手な想像ではあるけど、それでも速斗のことを考えると居た堪れない気持ちにはなる。



せっかく話しかける口実ができたかと思ったけど、その話題の内容が内容のため、利用するのに戸惑ってしまう。



「同じクラスになったのだから距離を縮めるチャンスなのに……」



速斗への好意は、沙月の一方的なものだった。



大それた理由があるというわけではない。



――あれは去年の秋に修学旅行で京都に行った時、班行動で市内を散策していたときだった。



京都駅の改札を抜けて多くの外国人を含む観光客が行き交う中、沙月は前から歩いてきた人とぶつかり、振り返って謝っていうちに班のメンバーは先に行ってしまった。



慌てて近くにあった市バスに乗ったものの、目的地であった金閣寺とは反対方向のバスに乗ってしまう。



しかもそれに気づいたのは、すでに五つ以上バス停を通り過ぎていた。



京都市の市バスは初見殺しだから、乗り場と乗るバスにはくれぐれも気をつけるよう担任が言っていたけど、まんまとやられてしまった。



とりあえずすぐに降りたものの、そこは全く知らない土地。



スマホで班のメンバーと連絡を取るものの、すでに距離が離れすぎていてすぐに合流はできない。



そのままバスに乗り続けていれば、かなり時間はかかるものの一周して京都駅に戻ってくることは可能だったが、そんなの沙月は知る由もない。



――とにかく逆のバス停でバスを待とう。



横断歩道を渡って、京都駅へと向かうバスを待とうとバス停に行った沙月がそこで見たのは――



「ん?」



「……えっ?」



同じ制服を着た一人の男子生徒。



「同じ中学校だよね? 迷子?」



「え……えぇ。あなたも?」



「俺トイレが我慢できなくて先に行ってもらってたんだけど、乗るバスが204か、205か、206のどれだったかド忘れしてしまって……」



「三択を外したってわけね」



――話していて分かったのは、滝沢速斗という名前。そして沙月と同じく、金閣寺に行こうとしていたこと。



途中でバスがやってきて、その中でも会話しているうちに二人は京都駅へと戻ってきた。



「もううちの班着いたって……」



「私のところも……」



どうしようか。今から行ったところで道が混んでいると到着には1時間ぐらいかかるのだ。



金閣寺。社会の教科書やテレビで何度も見てきたあの煌びやかな建物をようやく自分の目で見れる。



この修学旅行の中でも特に楽しみにしていただけにショックも大きい。



そんな時だった。



「もし神部さんがよかったら……」



「?」



「せっかくだし今から二人で行かない?」



照れくさそうに頭を搔く速斗のはにかんだ表情を沙月は生涯忘れることないだろう。









***



「あれ、もうこんな時間……」



いつの間にか眠ってしまっていたらしい。



時刻はすでに午後の1時になろうとしていた。



頭は怪我をしていてもお腹は減る。昼食をとろうと沙月は一階に降りた。



「体調はどう? お昼食べれる?」



「問題ないわ。お腹も減ってるし」



母が茹でてくれた蕎麦を一緒にすすっていると、テレビでは渋谷のランチの店の特集をやっていた。



「そういえば……」



と、それをみた母が思い出したかのように口を開いた。



「お父さんが神宮球場のチケット取ったから夏に一緒に見に行くことになったわ。あなたも息抜きがてらにどう?」



「私あまり野球に興味ないんだけど……」



母と祖父は大の野球好きだった。小さい頃からちょくちょく連れられて行ってるけど、なぜかハマりはしなかった。



「まあそう言わずに、お父さんも久しぶりにあなたに会いたがっているんだから」



沙月の意志とは関係なしに、夏休みの予定が一日埋められてしまった。



けど今年は受験の年でもあるから、元々旅行とかの予定はなかったため、その時はまあ一日ぐらいいいかと思っていた。





――その一日が、この先の運命を大きく変えることになるなんて、思いもしなかった。


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