第5話 平野の家②

***


「それで、俺なにか機嫌を損ねるようなことしたか?」



 インスタントのカップ麺にお湯を注ぎ、できあがるまで待っている間、俺は平野に問いただす。



 俺の方もしばらくご無沙汰だったため一回目はかなり早く終わってしまったけど、その後の二回目はゆっくりと時間をかけた。



 もうこれ以上触るところはないぐらい、舐めるところがないぐらい、互いの身体を隅々まで堪能して本番へと移行した。



「別にわたしの機嫌はいつも通りだけど」



「そうですかい」



 相変わらずどこか突き放すような声音。問題なのは俺に全く心当たりがないということだ。これじゃあ対処のしようもない。



 部屋着のスウェット姿にフォルムチェンジした平野は、割り箸を割ってカップ麺のふたをめくる。



 こうやって見てみると、さっきまで何度も大声で喘いだり俺の耳元で性欲を刺激させる卑猥な言葉を囁いていた人と同一人物とは思えないな。



 普段は皆から可愛がられるマスコットとして笑顔を振りまいている平野。学校の友達が見たら、きっと泡拭いて倒れるだろう。



 ベッドの上でだけ人格が変わるとかそういう系のあれなのだろうか。



「滝沢さ……」



「なに?」



「転校生の神部さん……だっけ、一目ぼれでもしたの?」



「……はあっ?」



 思いもよらぬ平野の発言に、俺は危うく持っていたカップ麵の入れ物を落としそうになる。



 急に何を言い出すんだ。


 

「あの子が教室入って来てからずっと目で追ってたじゃん」



「追ってたっていうか、そりゃあ転校生がどういう子なんかなあって、気になっただけで……」



 平野のやつ、妙に勘が鋭いな。神部沙月は俺が中学時代付き合っていた元カノ—―ということはもちろん知らないはず。



 それでもどういう理由であれ、平野の言ったことは正しいのだから俺としても一目ぼれを否定しつつ言い訳しなければならない。



 というか、平野の席は俺より前のはずなのによく目で追ってたなんて分かるな。



「でもわたしの予想は外れたよね。超絶ビッチかと思いきや、まさかのむっすりスケベパターンか」



「人を見た目だけで判断するな。そんな人じゃない」



「そんな人って、滝沢のそれこそ見た目からの判断じゃない」



「……俺のはただの願望だ」



「ふーん、まあいいけど。わたしとの契約さえ破らなければ、他は何しようと滝沢の自由だから」



「……分かってるよ」



 やや重たい空気が流れる。平野の口から契約の話を持ち出されたら身構えてしまう俺にも問題があるのだろうけど。



 部屋の中は互いに麺をすする音だけが続いていた。



 スープまで飲み干した平野は、そのまま俺の分も一緒に一階のゴミ箱へと持って行ってくれた。俺はさすがにスープは自重した。



 そんな食生活ばかり送っているから背が伸びないんだぞ、って突っ込みかけたが、平野の家庭の事情のことを思い出してやめた。



 もう少しでまたお通夜のような空間が形成されるとこだった。









「――じゃあ俺そろそろ帰るから」



「夜まで帰さないって言ったよね」



「そもそも、もうなくなっただろ」



「なくてもできるよ」



「それは俺が自信ないから無理」



 制服のベルトを外しにかかる平野を制止させ、俺は机の上に置いてある空箱に目をやる。今日の二回目が最後の一枚だった。



 それに昼食としてカップ麵を食べたが、あれはどちらかというとおやつの時間に近い。現にもうすぐ午後の三時だ。



 いつもなら終わると五分ほどで着替えるのだが、今日に限って平野がべたべたしてきてなかなか離れようとしなかったのだ。



「……ちっ、へたれが」



「ナチュラルに舌打ちをするな。またバイト終わりに買ってくるからそれでいいだろ」



 衣食住――と言っては大げさだけど、普段場所や食べ物を提供してくれる平野に少し申し訳なさを抱いていた俺は、避妊具ぐらいは用意することにした。



 それに平野に買わせて誰かに見られたりでもしたら、変な噂が流れるのは間違いない。そういう役回りは失って困るものもない俺が請け負うべきなのだ。


 

「次は二箱買ってきてね」



「はいはい」



 平野に別れを告げ、俺はおばあちゃんの家へと帰ることにする。



 今日は夜からアルバイトがある。さすがにカップ麵一つだけではもちそうにないので、軽食を取ってから向かうことにしよう。

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