第27話 あの頃の記憶⑤


***



やっていることはただのストーカー行為だということは、理解している。



衝動に駆られて尾行を始めたのはいいものの、その先のことは考えていなかった。



幸い二人の移動スピードはそれほどではなかったが、この人の多さだ。一瞬でも目を離すと完全に見失ってもおかしくない。



——私は一体何をやっているんだろう。



体の外からも内からも、全身に熱を帯びて興奮状態になっているうちはいい。



けどほんの少しでも冷静になれば、脳が急速冷凍されたかのように自己嫌悪感に襲われる。



自身の行動を正当化できる要素は何一つとしてない。



同じクラスの気になる男子をたまたま見つけて、その後をつける。若干一線を超えているような気もするけれど、沙月の足は止まらなかった。



速斗と少女は、少し入り組んだ路地に並ぶとある商業施設の中に入っていった。



先程の駅前と比べると人の数も減っているため、妙な行動をするとさすがに目立つだろう。



けれどもここは東京渋谷。



口に薔薇を加えて歩く人や、二度見、三度見してしまうほどのコスチュームで歩く人だっている。



なので多少の奇行も、そういう人たちの同類ということで変に咎められたりすることはないだろうと沙月は考えていた。



現に件の少女が明らかに困っていたというのに、誰一人として声をかけなかったのだから。速斗を除いては。



これが日本人の習性——そんなことを考えながら通路の壁に身を潜めていた沙月は、歩みを止めた二人を見据える。



何か話しているようだけど、距離があるため声はここまで届いてこない。



どうしよう、リスクを犯してでももう少し近づこうか。



そう思った時だった。



二つの人影が速斗たちに伸びていき、同時に少女の顔が見違えるように明るくなった。



お母さん——と少女が口にしたのがはっきりとここまで聞こえてくる。



ということは親子。



もしかして迷子になっていた? それを速斗が助けたと考えるのが自然か。



三人揃って速斗に頭を下げ続ける光景を眺めていると妙な既視感を覚えた。



そうだ。以前学校で階段から転倒した際に、先生達が同じように謝っていたのを思い出す。



速斗の方も大の大人から面と向かって謝罪を受けて、珍しく困り果てたような表情を浮かべていた。







やがて迷子の親子三人は速斗の元から離れ、後には沙月と速斗が残された。



——どうしよう、偶然を装ってみようかしら。



という欲まみれの煩悩との格闘の末、沙月は静かにビルの出口へと向かった。



何とか自分を抑え込むことができた要因の一つが、相手の少女が速斗と何の接点も持たないただの迷子少女だと判明したことだった。



もしそうではなくて、このままラブコメ展開でも見せつけられていたら自分でも何をやらかしていたか分かったものでない。



ひとまず恐れていた最悪の結果ではなくて一安心。



それどころか、速斗の親切心を間近で見ることができて増々心を惹かれることになった。








***



夜からスタートした神宮球場での試合は序盤こそ投手戦だったが、後半から両軍打ち合う乱打戦に入り、試合が終わったのは九時半を回った頃だった。



母は、昼間突然走り去った沙月に対して戻ってきた後もお腹が空いたと終始グチグチと文句を言っていた。



まあこれに関しては全面的に非は沙月にあったので、沙月も若干の苛立ちを感じながらも我慢して受け止めてた。



夕方まで機嫌の悪い母が続いていたけど、祖父と合流していざ試合が始まると、何もかも忘れて人が変わったかのように叫び出したことにはかなり驚いた。



審判のストライクコール一つでよくもまあここまで盛り上がれるものだと、感心するほどに。



母と祖父が横でビールをがぶ飲みして手を叩き続ける中、沙月はもしかしたら自分も野球に目覚める日が来るのだろうかと、自身の血筋に一種の恐怖感を覚えていた。







***


「じゃあ私は先に寝るわ」



今日は祖父の家に泊まることになっていた。



一階の居間では祝勝会という名の二次会が開かれている。



母と祖父は、あの場面の継投がどうとか、あそこの送りバントがどうとかいう話を永遠としているので沙月は先に二階に上がって休むことにした。



あの調子だと朝まで野球談義が続いてもおかしくない。



一体どこにそんな元気が有り余っているのだろうか。



朝早くから出発した沙月はもう全身クタクタだった。



そのため布団の上に寝転がるとあっという間に睡魔に襲われ、気がつけば意識が暗転していた。







——翌日、いつもと違う枕のせいか、明け方に目が覚めた沙月が何となくスマホを見やると、クラスメイトから一件メッセージが届いていた。



沙月と同じ図書委員の子——道下さんだ。



一応連絡先だけ交換していて、私的なやり取りなんてほとんどしていなかったのだけど、一体何なのだろう。



寝ぼけ眼をこすりながら内容をチェックする。



それは道下さんが打ったメッセージではなく、とあるウェブニュースの記事だった。



「交通事故……?」



見出しをチェックするも、道下さんがなぜこれを自分宛てに送ってきたのか不明だ。



「どうしてこんなのを私に……」



送る相手を間違えた?



だとしても、とりあえず読んでみないことには分からない。




「……………………っ」




時刻は午前四時過ぎ。



沙月の中に残存していた眠気が一気に吹き飛んだ。

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