第38話 仲良く揃った帰り道。

フェリー船上、本州行き——————————————


 楽しい校外学習が終了して、帰りの船に乗った一年八組の面々。


 賑わい浮かれていた行きのフェリーとは正反対に、彼らも疲れから寝ている者が多かった。ん?ちょっと待て。淳也と白—————————————やめよう。


 さて、そんな両助はどうしているかと言うとフェリーの端で空腹の解消のため口に物を入れていた啓介と共にいた。


 相変わらず疲れ知らずな上に旺盛な食欲だ。

 胃に収まった量と彼の肉体の大きさは釣り合っていない。これでは質量保存の法則がめちゃくちゃではないか。……多分、使い方が違うな。でもいいや、伝わったっしょ?


 そこで啓介は唸りながらも、箸を動かす手を止めず悩み声を出す。

 食ったり、悩んだり、忙しいやつだな。


「どうした?」

「いや、今更だけどさ。なんで沢野先生と坂上先生が動いてくれたのかと思ってさ。今までは黙認してただろ?なのになんで急に…」


 彼は決して文句を言っているわけではない。

 この旅に参加させてくれた教師二名には感謝しかないだろう。

 だが、それはそれとして気になったのだ。


「……」


両助はそれに答えることは無かった。なぜなら……。



一週間と一日前、高校生活二日目————————


 両助にとっては学校生活一日目。


 進藤と足立が学級委員になり、啓介が食堂で発狂した日だ。

 両助が数学の自己紹介シートを沢野先生に届けるため、職員室を訪れていた時の事である。


 沢野先生が席を外していて入れ違いになることはなかった。

 自身のデスクで作業をしていた沢野先生が両助を出迎える。


 「沢野先生」と呼びかけると、彼はこちらに向き直る。

 両助と手元の書類を見て、状況を察した彼はそれを受け取った。その時…。


「一日しか経ってないけど、クラスはどう?」


 教師としてとても当たり障りのない、定型文のようなことを聞いてきた。

 その行動に、そちらが使うならばこちらもと、ありきたりな言葉を返す。


「はい、普通ですね。木村と原田と仲良くしています」


 特に返す言葉のない、「そうだね、よかった」ぐらいの反応が返ってくるかと思ったが、意外にも沢野先生には好印象だった。

 別に喜ばせるようなことを言ったつもりはない。一体何にそんな…。


 それは彼の返ってきた言葉で理解できた。


 教師と言う立場だ。そこらへんには非常に敏感なのだろう。まあ、誰だって自分が受け持つクラスの不和など御免のはずだ。

 ようは心配だったらしい。


「木村君と原田君はねえ~。正直心配だったんだよ~」


 彼ら自身にではない。沢野先生は彼らを取り巻く環境による不安があったのだ。


「ほら、彼らって部活が格闘技でしょ?だから周りの生徒が距離を置くから交友関係が少し不安だったんだよ。でもちゃんと友達が出来て良かったよ。段々繋がりが出来てきてるみたいだし、影峰君のおかげだよ。これからも仲良くしてあげてね?」


 その頼みごとに両助は拍子抜ける。

 思わず反応できずに停止してしまった。

 予想外とはこのこと、一体あいつらのどこに怯える要素があるというのか。

 だから、その不安はいらないと思った。どうせ彼らは……。


「あいつらなら俺がいなくても問題は無かったですよ。淳也はともかく、啓介ならすぐに皆と打ち解けたでしょう」


 あの人懐っこい見た目に個性である食欲。それがあれば周りの印象も良いだろう。

だから、わざわざ両助が仲良くしなくても友達は他にできたのだ。

むしろ助けられたのは両助の方だ。おそらく啓介がいなければ両助は孤立していた。

 その個性は沢野先生にも認識されていたようだ。


「木村君は食欲旺盛だね。初め見た時はなんて自由な不良生徒が…って思ったけど…」


 おっと、その点は少々よくなかったようだ。

 それも当たり前か、入学早々早弁——————いや、朝弁してるヤツがいればちょっと印象は良くない。

 だが、その悪い要素は啓介が自分で解決したらしい。沢野先生が続ける。


「それが、ちょっと目を離してまた戻したら、あったはずのご飯を空にしてたんだ。呆気に取られていたら弁当箱を片付け始めるし。びっくりしたけど面白い子だと思ったよ」


 ほらな、問題はないのだ。確かにあの早食いは初見だったら驚くよな。でもそれは悪い事ではないのだ。なぜなら…。


「ええ、だから俺がいなくても大丈夫だったんです」


 なぜならそれはおもしろい個性だ。だから不安に思うことなど何一つない。


 純也も大丈夫だ。あいつは見た目があれだが、彼の気遣いでその誤解はすぐに解けるだろう。

 むしろ自分の存在がクラスメイトと啓介ら、彼らの交流を邪魔している節がある。

 皆は啓介と淳也、二人と話がしたいが邪魔者である両助がいるため話しづらくなってしまっているのではと。


 自分勝手な己が憎らしい。人を支えたいと言っておきながらその実、孤立したくないという身勝手な理由からすがりついているではないか。

 理解しているなら早々に切り上げればいいものを……。

 しかし目前の沢野先生は、両助の考えとは正反対なことを言う。


「そんなことはないよ。君が初めに彼らと話したから、場が作られた。少なくとも先生は感謝してるよ」

「……そうですか」


 教師という立場から多くの少年少女を見ている彼に取って、それは一目瞭然であるはずなのに。なぜ……。


 両助は、その嘘にあまり強く返すことは出来なかった。

 自分の手で事実を浮上させるのに、彼はそこまで強くなかったのだ。

 沢野先生から顔を背けて、出口へと体を向ける。

 用は終わった、帰宅しようと思ったが、そこで足が止まった。

 さっきまであいつらの話をしていたからだろう。

 彼らに生じた直近の問題を思い出したのだ。

 彼らの友でいさせてもらっている。その恩義に少しでも報いたかったからだ。


「……先生」


 沢野先生は生徒が帰ったと思い、自身の業務に戻ろうとしていた視線をこちらに戻す。

 少将悩みはしたが、あいつらの為だと意思を固める。

両助は顔に向かって、ダメ元で頼みごとをする。


「先生、柔道部の交流試合と校外学習の日程が被っているんです。それで原田と木村が皆と一緒に行けなくなっちゃってるんです。校外学習の日程を変えることは出来ませんか?」


 その要請に沢野先生は「う~ん……」と唸る。

 予想通りの反応である。むしろそうでない方が驚いていた。


(やっぱりダメだよな…)


 もう日程が決まってるのだ。

 それによる交通手段の手配も完了した状態だろう。

 今更一学年の大人数を受け入れてくれる交通機関もなければ、たった一クラスが他に与える迷惑も計り知れない。

 両助は常識的に考えて、それは無理という結論に至った。

 しかし思いのほか、目の前の沢野先生からは前向きな回答が来た。


「…さすがに無理だろうけど、明日の一年生の職員会議でも言っておくよ。正直先生も気にしてたからね」


 その回答に両助の半身だった体を完全に彼に向かせる。

 却下とばっさり切り捨てられるものだと思ったが、まさか取次ぎをしてもらえるとは。

 しかし、望みは薄いだろう。沢野先生はその訳を話す。


「でも期待はしないでね。ほら、先生ってば教師の中では若いじゃん?だからまだまだ下っ端なんだわ。だから聞く耳持たれないかも…」


 職員内でも序列は存在するようだ。沢野先生は苦笑いを浮かべながら卑屈にも言う。

 しかしそれは両助のモチベーションを上げる。何より何もないよりかはマシだ。


「いえ、ありがとうございます。すごくありがたいです」


 そう言って頭を下げる両助。それは本心だ。

 何もできない無力な自分に代わり、声を上げてくれた彼には感謝しかない。

 そこで下げた頭を上げた両助は、「失礼します」と言って職員室を出た。


 その日の両助はその後、もう学校に用事はない、と大人しく帰宅したのであった。

さて、次はどうするかの……。

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