第32話 キャンプは服が煙臭くなるので、着ていく服には気をつけましょう。
「う~ん…」
両助を出迎えた啓介は、彼の手に持つそれを見て唸り声をあげる。
両助が「何だよ…」と言おうとも、唸るばかり。
すると啓介はおもむろに腹を擦り始めた。
両助はその動作で全てを察した。
このお茶目さんめ、だからやめておけと言ったんだ。
商店街を回る時に何度も両助は啓介に同じことを吐いたのだ。
しかし、彼は問題ないと止めることなく続行した。
そうして、両助は肩をすくめながら自身の腹の状況を見や誤った彼に呆れを吐く。
つまり、彼の腹はおそらく八部、もしくはそれ以上なのだ。
「だから買い食いし過ぎるなって言っただろ」
「これじゃあ、足りない…」
「いや、そっちかよ」
どうやら見や誤ったのは両助の方だったようだ。
彼は両助が持つ具材に肩を落とす。
でもなぜ落ち込むんだ?と両助は首を傾げる。
なぜなら彼はそのために、あれを持ってきたのだ。
「そんなに落ち込まなくても…持ってきた鞄があるだろ」
そう言って来るときに淳也に持たせていた巨大な鞄を指し示すべく辺りを探したが、ここには無かった。おそらく俺達に昼食用に支給された場所に置いてきたのだろう。
「もうほとんど残ってない」
「もう食ったの⁉早いな!」
どうやら持ってきた大部分は彼の胃の中に納まってしまったらしい。
確かにちょくちょく鞄を空けている姿は見たが、いつの間に食ったんだ?
両助の驚愕など気にせず、啓介は振り返りそこに向かう。
その落ち込む背中が向かった先は、何やら温められている鍋の前だった。
彼は火の様子を確認しながら、鍋の様子を見守る。
背後から両助が「なにそれ?」と言うと彼はこちらを振り返ることなく告げる。
「米」
もう両助は驚かなかった。むしろ当然だと思った。
「いや、それじゃあお前絶対に足りないだろ…」
「うん、足りない」
その鍋は決して小さくはなかったが、今まで啓介がその胃に収めた量を見ていると、少々頼りがいがない大きさだった。
いや、普通なんだ、普通なんだよ。だけど、普段のこいつ見てると確実にそれは少ないんだよ。
「間に合うの?」
それはもちろん完成にだ。
肉や野菜は焼けたのに、啓介が最後に残った米を食いきるまで皆待たせるのはいささか良くない気がする。何より、俺がいやだ。
……待てよ、案外コイツなら十分も待たずに間食するかも、それなら…。
と考えていたが、そこらへんの問題は彼も承知のようだった。
火の前に座った啓介は振り返ることなく答えた。
「今火を弱めたから後、十分から十五分くらいかな。お前らが火を点けたころにできるだろ。ほら、早く行ってやってよ。着火剤その中にある」
案外すぐにコメを作り始めたんだな、と思いながら、彼の言葉に寄りトレイを見る。両助のトレイを指さした啓介、彼の言葉通り、着火剤とチャッカマンがその中にはあった。
啓介以外が待っていると分かった両助は、啓介に一声かけてその場を去る。
啓介と別れた両助は自分達のテラスを探す。
それはすぐに見つかる。一度訪れた上に、よく目立つ巨漢がそこに座っていたからだ。
両助はテラスに入り、仲間達に到着を知らせる。
そこにはくつろぐ四名の姿が。その一人が気の抜けた出迎えをする。
「両助~。お腹空いた~。早く作って~」
あくまでも食べる専門のそいつはくつろぎながら昼食の完成を待つ態勢に入っていた。
「何馬鹿なこと言ってんだ。働け怠け者」
そう言って淳也に準備を手伝うように促すが、当の本人は「お腹が空いて力が出ない~」とふざけたこと言い出したので、諦めて一人で準備を始めた。
網を持ち上げて、着火剤と炭を入れようとしたが、両助の代わりに白石さんが入れてくれた。
「ありがとう。白石さん」
「いや、いいよ。さっさと終わらせよ」
白石さんに感謝していると、彼女の傍らで応援する男が一人。
「白石さん~早く作って~」
「いや、君も動きなさいよ…」
両助のツッコみにも動こうとする気配はなく、淳也はそのまま倒れこんでいた。
「……待ってて、今作るから」
顔を背けた白石さんはそのまま、準備を進めていく。
意外にも白石さんの手際は良かった。
失礼かもしれないが、見た目からこういう事には不向きだと思ったからだ。
彼女は軽快に、軽々と火付きの準備に取り掛かる。
ん?………いや、気にしないことにしよう。
そうして白石さんは着火剤を中心に炭を煙突状に置いて行く。
そうして山なりに炭を積み上げた白石さんは中身の着火剤に火をつけて、放置する。
淳也が「まだ~?」と言うが、それに対して「まだ待って」と宥める白石。
彼女は火が収まるごとに風を送り、炭に火が回るのを待つ。
待っていると炭が白みを帯び始めた。それを見た白石さんは炭を裏返す。
炭の裏側も白くなり始めたところで内部が赤く燃えだした。
彼女はもう火のついた炭とまだついていない炭の位置を入れ替える。
そうして全ての炭が起き始めたところで炭の山を崩し、ドラム缶全体に広げる。
「いや、白石さん慣れすぎ」
両助があまりの熟達さから思わず感嘆の声が漏れた。
え?やだ…すごいイケメンなんだけど白石さん。
「ウチ、よく連れてってもらうし」
ああ、なるほど。確かにウェーイやってそうだ。
本当に失礼な話だが男にしなだれかかり、傍らでそれを見守ってキャーッ!って言ってそうだ。きっと、中学時代はクラスメイト(男多め)とよろしくイチャコラやっていたことだろう。もしやあちらの知識も豊富なのでは?それならば納得————。
「お父さんがキャンプ好きで—————」
「大変申し訳ございませんでしたああああアァァァァァッ!」
彼女の回答に、両助の申し訳なさ頂点に達してしまい、彼はバックステップからの土下座をかましたのであった。
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