第9話 慣れ始めた学園生活
敬欄高等学校、一年八組教室————————
今朝も昨日と変わりない風景に出迎えられた両助は、自身の席に座り食事に熱中する啓介とだべっていた。
彼は今日も頬を膨らませ、養分を蓄える。
「今日って何やるんだっけ?」
今日は白米ととんかつ、朝食かと言われれば疑問だが、昨日よりかは整った食事だ。タッパーにはサラダのデカ盛りがあった。
彼はサラダをシャリシャリと食べている時に両助に聞いてきた。
教室の景色ももう決定した。グループは昨日と変わりなく、生息区域も同じだ。
現在はホームルーム十五分前、どうやらうちの担任は時間ぴったりに来る人種らしい。まあ、それは生徒側には気分が楽になる。
下手に早めに来られて教卓の前に居られたら、会話を顰めるというものだ。
まあ、ここは担任の教室、来て何が悪いんだと思うが……。
「今日は一限が委員決め、後は通常授業だな」
「え~、つまんない。もうちょっとオリエンテーション的な奴ないの?」
「来週の木曜に校外学習があるな、どこに行くかは知らないけど」
親交を深めるためのイベント、今日から一週間と一日後にあるその行事があることを伝えると、啓介の頭は跳ね起きた。
「え?そんなのあるの?」
「ああ、どこに行くかまでは知らないけどな」
「でも一日遊べるんだろ?いいじゃん、一緒に回ろうぜ」
まだどこへ行くかもわかっていないのに、啓介はもう浮かれていた。
そんな会話をしていた所で新たな人物が二人の間に現れる。
「いや、その日って部活の交流試合があるから無理じゃね?」
両助と啓介はお互い目前に現れた巨漢を見上げる。
その凄みのある見た目はこちらに威圧感を与え、視線は心臓を刺し貫くかのように鋭かった。
その腕が啓介のとんかつを一切れを強奪する。
「あ!取るなよ!」
「肉食いたかったんだ……代わりにこれあげるから」
初めはカツだけにカツアゲかと思われたが……ん?つまんない?………ごめん。
ま、まあ要はこの大男は強奪者ではなかったのだ。
そう言って巨漢が啓介の机に菓子パンを置く。
その釣り合いの取れていないトレードにさすがの啓介も申し訳なさが生じたようだ。
「え?‥‥‥‥それじゃあ、悪いよ。これもあげる」
そう言って、啓介はタッパーを差し出す。デカ盛りの半分がなくなったサラダを。
君それいらないもの押しつけてない?
当の巨漢はそんなこと気にした様子もなく、冷静に差し出された物を押し返す。
この巨漢は啓介の部活仲間の
入学式の日は大柄な体は見る者の印象に残るという理由で部活紹介に駆り出されていた。
両助の太腿はあろう二の腕が、目の前で右へ左へと行き来する。
「肉食べたい」
そんな未練の籠った言葉を聞きながら、サラダを与えた啓介はこの大柄の男子生徒に問いかけた。先程の言葉に顔色を悪くした啓介、嫌な予感がしていることは両助の目にも明らかだ。
「それでどういうこと?交流試合って」
「今日監督が交流試合にこぎつけたって話してたんだ。あの強豪の————」
「え?それって…」
「うん、校外学習の日」
その学校名はあまり柔道に詳しくない両助の耳に入るほどの強豪校だった。
啓介はその事実に頭を抱えながらわかりやすく驚く。
「えー⁉なんだってそんな日に、他の日でもいいじゃん!」
「どうにも向こう方がその日しか予定を作れないそうなんだよ」
「いやいやちょいちょいちょい、待って待って待って」
啓介の取り乱しようを気の毒に思ったが、さすがに他校を含めた部活同士の決めごとに口出しは出来ない。
彼は食事を忘れるほど、その事実を否定する。
天国から地獄、彼の表情はそう形容するほどの移り変わりだった。
彼はその場で駄々をこえる。そのたびに脂肪がプルプルと震える。
「い~や~だ~。俺も行きたい~」
だがその願いは空しく虚空に消えるのみ。
校外学習不参加を拒絶する啓介の様子に近くにいた生徒が気づく。
まあ、真横でああも騒がれれば、いやでも気になるというものだ。
「木村君…もしかして校外学習来れないの?」
突然の新参者に委縮する啓介、彼は口ごもりながらも訳を話した。
それを聞いた更に近くにいた男子生徒が集まりだす。
「あれ?木村部活か?」
「そうなんだよ…ていうか淳也!お前は行きたくないのかよ!」
啓介に話を振られた淳也は、不参加に関してはそこまで気にした様子もなく、ただ首を左右にするのみ。
「俺は練習したいからいいかな」
どうやら彼は部活一辺倒な人間だったようだ。見た感じ強豪との対戦に喜んでいるように見える。
その様子に啓介は更に不満を零す。
「練習何ていつでもできるよ!今回のは一度きり…じゃなくて三度きりなんだぞ」
わお、一気に希少価値がなくなった。
彼の言葉通り、校外学習は学年の初め、つまり一年から三年の三回行われる。
その声に女生徒が同調する。
「嫌だよね、皆行ってるのに。木村君が来れないってことは原田君も?」
「そうだよ」
淳也はカラッと答える。どうやら本当に未練がないようだ。
啓介と比べると、幾ばくか部活熱心な性格なのが伺える。
しかし、意外にもその不参加通知は女生徒に落胆をもたらした。
「不参加かー、残念。木村君がいてくれた方が、場が和むのに」
「え⁉お、お、俺が⁉」
予想外の反応に度肝を抜いた啓介、だがそれはお世辞ではないだろう。
確かに入学式の日は救われたわけだしな、君の食欲には感謝だよ、啓介。
マスコット的なファンシーな見た目も相まって、その場の空気感は緩むのも事実。
つまり、落ち着くというものだ。すごいな、いるだけで。アロマかな?
「そうだよ。実際君がご飯食べてくれたおかげで教室の空気がすごく緩んだんだから、皆が早くに打ち解けたのもそのおかげだよ」
「すごいじゃないか、啓介」
飾り気のない単純な気持ちで啓介を褒めた淳也、しかし不参加が残念がられているのは彼だけではないらしい。
「原田君もだよ」
別方向から声がした。先程の啓介絶賛少女とはまた別の女生徒だ。
彼女はその集まった一団に加わると、淳也に向かって本心を伝えた。
その気持ちの暖かさが彼に伝わっただろうか、その場の生徒達は心が通じ合っていたように思えた。
彼女は己が体験を彼らに伝える。その恩を少しでも返したかったのだ。
「原田君、見た目は怖いけど今朝荷物持つの手伝ってくれたんだよ」
おや、原田さん。あなた見た目に反して心はイケメンでして?
当の淳也は、ああ、それのことかと納得した様子で謙遜しながら答える。
「まあ、力仕事しか役に立たないからね。俺」
「そんなことないよ!」
ハハハハハ。
場に笑い声が生まれる。
その輪のなんと暖かなことか。男子生徒が「俺が先生に言ってみようか?」とさえ言っている奴もいる。そこには確かな絆が生まれていた。
そうだそうだ俺はこういうのを見たかったんだ…。
穏やかな空間からフェードアウトした両助はトイレに行くという名目で抜け出した。
若葉達よ、仲を育め、君達の生活は希望に満ちているよ。
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