第25話 船旅は結構揺れるので、手すりを手放さないように。
校外学習の日、フェリー船内————————
なんの変哲もない高校生活を送っていた両助は、ついにこの日を迎える。
学校行事の一つである校外学習、その場所に向かうフェリーに乗っていた。
指定された集合時間にフェリー乗り場に来た両助は、教員が事前に予約していたフェリーに八組の面々と共に乗り込む。
そんな彼は流れる海を覗き込みながら、力が抜けた言葉を漏らした。
「それにしても、良かったよなあ~」
海風が頬を撫で、船に揺られていた両助は、本音を零す。
入学式から一週間と数日経った今日。
敬徳高等学校の一同は待ちに待った校外学習に来ていたのだ。
「何がって?」
横で弁当を食っていた親友の啓介がその言葉の意味を問いかける。
なぜ彼がここに?と思うだろうが当然である。
なぜなら今日は健康診断の一件の日から一週間と一日が経った金曜日なのだから。
「いや、なんでも。それにしても良かったな。来れて」
「本当だよ…」
両助の横で啓介が胸を撫でおろす。彼も今日のことを楽しみにしていた分気が気でなかったようだ。
更にその横、淳也の顔はどこかほっこりしていた。
「楽しめたか?淳也」
両助の問いかけに、彼にしてはとても珍しいにんまり顔で親指を立てる。
「えがった」
昨日、彼ら柔道部は猛者との模擬試合を終わらせた。その疲れを癒すために、今日の校外学習はいい気分転換になるだろう。
「はあ~沢野先生と坂上先生には本当に感謝だよ」
足をパタパタさせて喜びを表現する啓介。彼の喜びように頬が緩む。
話は一週間前に遡る……。
一週間前の金曜日、敬欄高等学校、一年八組教室———————
いつものように高校に来た両助は、啓介、淳也、新しく玲を加えてたむろしていた時だ。
予鈴が鳴って各々席に着いた直後、沢野先生がサプライズを持ってきた。
「はい、おはよ~。あ、皆、紙配るね。それ」
そうして各列最前列に配置した沢野先生は説明を始める。
そこには啓介にとってとても喜ばしいことが書かれていた。
だが淳也の顔には落胆は見られない。むしろ喜んでいるように見える。
あいつは優先順位が柔道の方が高いから分かりにくかったが、なんやかんやそこに行けるのは楽しみらしい。
「校外学習の日程が一日ずれたから、交通機関の時間帯が変わったよ。目通してね。間違えんように、気を付けて」
沢野先生の言葉に啓介は箸を止める。
初めは何を言っているのか理解が出来ないという風であったが、やっと飲み込むことが出来た時にはそれはもう感情を露わにした。
「よっっっっっっっっしゃああああああああぁぁっぁぁッ!」
啓介が立ち上がり、両手を天井に伸ばす。
教室が彼一人の雄叫びで満たされる。
今朝方もういけることが無い事を受け入れていた啓介にとってはまさに吉報だった。その訳を知る生徒も思い思いに言葉を投げる。
まあ、歓びのあまりそれらは啓介の耳に入る余裕はなかったが。
「でも沢野先生、なんでですか?なんでこんな急に?」
最初は訳など知ったことかと日程変更の事実に浮かれていた啓介だったが、冷静になり事の経緯を知りたくなったようだ。
確かにどれがどのようにしてこのような結果になったのかは気になる。
それは他の生徒も同じで、彼らは皆、沢野先生に視線を集めた。
さすがは教師、日ごろから視線を向けられることに慣れているのだろう。
彼は視線を浴びながらも特に大したことはないように話す。
「元々、部活の日程が被っていることは知ってたからね。どうにかして欲しいって言う声もあった。先生も職員会議で言ったんだけど、全然受け入れられなかったよ」
事実とは真逆の事を言いながら、「まあ、下っ端の言葉なんてねぇ‥‥‥‥」と卑屈になる沢野先生。
だがそうなるとこの結果はおかしい。それは啓介もわかったようだ。
彼は沢野先生に問いかける。
「え?じゃあなんで…」
その問いかけは他の生徒も同じだったようで再度視線が我らの担任に集まる。
「坂上先生だよ」
その名前に啓介は一瞬理解が出来なかった。
厳しい自身の指導者は、部活による学校生活の犠牲を厭わない人だと思っていたが、ここに来てまさか出張ってくるなんて。予想外も予想外だったようだ。
そこから沢野先生は坂上先生の武勇伝を語り続ける。
「あの人が乗っかってくれてね。凄いよ、あの人。いやぁ~、やっぱ教頭になってたかもしれない人の言葉は強いねえ~」
やっぱりどこの世界でも権力は重要なようだ。沢野先生曰く流れが変わったらしい。
もっと詳しく話を聞けば、教頭になるのを断ったのも「キャラじゃないから」というらしい。
彼女には柔道部の実績もあったため、立場は大きいようだ。
「監督……」
啓介は己が指導者に心の中で感謝していた。まさか自分達のために動いてくれるなんて。
そこで本日の予定を確認して、もう伝えることはないと沢野先生は教室を後にした。
それを合図にホームルームの終了となった。場が少し賑わいだす。
「良かったな」
「ああ…」
横で安堵の息を漏らした。そこに淳也も「良かったね」と訪れる。
「交流試合も出来るし、一石二鳥だな」
「ほんとだね、試合なくならなくて良かった」
まあ、確かに彼の言う通り、これが最善の形だ。誰も悲しむ者はいないだろう。
新しい交通手段の申請と手配をする教員以外は。
しょうがないので青春の贄となってもらおう。
それが仕事みたいなものだし、あの人達。
可哀そうだし、申し訳なくもあるけどね……。
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