第26話 何気ない会話でも、寂しくなる時はある。
校外学習の日、フェリー船内————————
そんなことがあってクラス一同、何気ない日常を送りながら、この日を待ちわびていた。
今までとは打って変わって啓介の顔も晴れやかだった気がする。
憑き物が取れたという言葉がピッタリっだった。
校外学習の日程変更が知らされてから数日経った頃、両助は自分の席からちらりと前の方を確認すると、グループの輪が出来ていた。あの人も頑張ったね、偉い偉い。
目的地へのフェリーに乗り込み、揺られながらカモメの声を聴く。
校外学習の場所は、離島にある世界遺産の神社だ。
そこまで遊びがいのあるアトラクションはないものの、修学旅行でもないのだ。これぐらいがちょうどいいだろう。
「まあ、本来は来られなかったものだ。この有難みを噛みしめて命いっぱい楽しむよ」
少し大げさに言う啓介に「そうしろ」と短く返す。
正直に言うと、両助は少し眠かった。
今は必死になんでもないように繕っているが、正直に言えば、彼もこれをすごく楽しみにしていた。楽しみにし過ぎて昨日はよく眠れなかったのだ。
だから今のこの状況は非常に場が整っていた。
揺れる船は揺りかごのように、カモメの声と涼し気な波音はこちらの眠気を誘う音色となる。
日差しも当たって薄い熱を灯った体、もうほんと寝てしまいそうだった。
最初までは両助も目がばっちり覚めていた。
フェリーに乗り込む直前、なぜか広場の中央のあった中国武将の銅像に「なんでここに?」と思いながらも心躍らせていた。
だが今は本番前の退屈な時間、正直に言って寝たい。
「おい!起きろよ両助!この景色も二回しか見れないんだ。見ないともったいないよ」
両助はその言葉に重たい瞼を持ち上げる。
両助も刹那の尊さが身に染みている。もう一度全く同じ景色を見ることなど不可能なのだ。
だがわかってはいるが、人間の三大欲求だ。これがなかなかに手ごわい。
両助は啓介の言葉に、眠気を耐えながら気を引き締めた。
「実は昨日楽しみで眠れなくてな…」
「小学生か!」
「うん、俺もそう思うよ…」
でもしょうがないじゃん。楽しみだったんだもの。
そこで、そのむさくるしい男共の声の中に、可憐な声が混ざる。
彼らの対面に座る女子三人グループが会話に入った。
「でも本当に良かったよ、啓介君が来れて…」
「え?あ、ありがとう」
「御礼を言われることなんてないよ。当然だって」
校外学習をするにあたり、班分けが行われた。
高校生活三日目の一限で沢野先生が「それじゃあ、好きな奴と班作ってね。六人組!男子三人、女子三人で一つの班ね」という少し肝を冷やす班の決めかたをしたが、俺達は俺、啓介、淳也の三人だったので問題はなかった。
え、何?玲?……いや…ちょっと今は距離を置きたいですね。
それで俺達が相手のグループは探している時に声をかけて来たのが、啓介絶賛少女こと目の前の彼女だ。
「でも正直うれしかったよ。佐伯さん」
啓介が御礼と共に彼女の名前を呼ぶ。
そのため、俺達が話してる大体の会話内容は彼女の耳に入っているだろう。それだから彼女は啓介を心配できたのだ。
「あはは、ちょっと恥ずかしいな。今日一日よろしくね」
頬を掻きながら苦笑した佐伯さん、今日一日と言っても別にずっと共に行動するわけではない。班を決めたと言っても基本は自由だ。誰とどこに行っても良い。
しかし、今のようなフェリーの指定席や昼食の区画は違う。
両助がそれを考えたところで、ちょうど彼女達もその話をした。
「でも昼食は島の広場でBBQかあ…」
「楽しみだね」
そう同調したのは佐伯さんの右横に座るロングヘアの女生徒、
彼女とはちょっとした面識が、というか両助が一方的に知っているだけだ。
彼女も学校から家が遠いらしい。さすがに両助よりかは断然近いが、結構な時間ともに同じ方角の電車に乗る。
最初電車の中、視界の端で本を読んでいた彼女を捕えた時は「あ、同じクラスの人がいる」ぐらいの認識だった。
両助と同じ時間帯に帰っているということは彼女も帰宅部だろう。
それを聞いた啓介はわかりやすく声を上げる。話題は食事の事、であれば彼が出ないはずがない。
「ああ、それだ!今日のビッグイベント!」
そうテンションを上げて言う啓介、昼食が今日最大のイベントになるのってお前だけじゃね?
両助の考えに呼応するかのように佐伯さんがツッコむ。
「いや、それ啓介君だけでしょ!」
「ああ、そうだ!だけど俺が佐伯さん達の分まで食べてしまう心配はないよ!淳也!」
「んあ?」
フェリーに揺られている中で、眠りにおちかけていた淳也。
佐伯さん、楠木さんとは別の女生徒、ギャルっぽい
淳也、おそらくお前の寝顔写真は今日の終わりを待たずしてグループラインにあげられることだろう。
「淳也!鞄を!」
啓介は淳也に持たせていた鞄を差し出すように促した。
淳也の側面、そこには大きなカバンが立てかけてあった。
だが、そんな巨大質量がなんだとばかりに淳也はひょいッと片手でそれを啓介に手渡した。
そしてそれを受け取った啓介は自身の秘密兵器を投入する。
何?もう予想できるって?こういうのは溜めた方が良いんだよ。わかってても。
啓介は鞄の中を、その場に晒した。
そこには何十個ものタッパーが入っており、中身は当然食料。白米に、その他をおかず、極めつけにデザートまで入っていた。
ここに来ても相変わらずだな、こいつは。
その変わりない彼に女性陣から笑うが零れる。
「あははははは!啓介君、それじゃあ、いつもと変わらないじゃん!」
佐伯さんの笑い声につられて、一同に苦笑が零れる。
彼は大真面目に彼女達を安心させようとしたが、その必要はなかった。
逆に真面目だったことが幸いし、彼女達(佐伯さん)のツボに入った。
「果物いる?」
啓介は変顔で両手に蓋を開けたタッパー差し出す。
「あははッ!やめてやめて、あははは!あ~、貰うね」
佐伯さんはその姿にひとしきり笑い、果物に手を伸ばし、ブドウを一粒いただく。
それに続き、他の女子も思い思いのものを取っていく。
「あ、じゃあ、俺も」
両助もそれに倣い、頂こうとしたのだがタッパーは遠ざかった。
あんだよ?と言う感じで啓介の顔を見ると、彼はこちらを見て…。
「百円な」
「金取んのかよッ!」
金を無心したのだった。
平日のフェリー、海原を乗り、船は行く。
少年少女を乗せた箱舟は海神への生贄のように、神秘祭る島へと向かった。
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