第19話 あるある。

 そこから玲さんに話を聞いたところ、やりたいアプリゲームがあったらしい。

 だがそれが複数人前提のゲームだったため、困り果てていたらしい。

 もちろんオンラインも対応しているが、実際に目の前の人ともやってみたいと言うのが、彼女に便だ。


 かわいいな。いいぞ、俺がいつでも相手してお願い申し上げて差し上げてございましょうか。あ、やべバグった。


「何てゲームなんだ?」


 声が上ずらないように、細心の注意を払い問いかける。声も出来るだけ良くして。


「えっとね。『SUMOU』ってゲームだね」


 一瞬聞き間違いだと思った。なので復唱する。


「ス、スモウ?…聞いたことないな」


 別に今流行のモノではないので聞いたことが無かった。

 いや、別に両助がスマホゲームに詳しいわけではない。もしかしたら俺が知らないだけで有名なゲームなのかもしれない。

 その推測は正しくなかった。ただ彼女が…。


「それもそうだよ。最近出たゲームなんだ。ゲーム漁りが趣味なんだよ」


 そう言って自身を指さす玲さん。

 すごいぞ玲さん、一見変わった趣味がとても魅力的に見える、すごいぞ玲さん。

 玲さんは顔を両助の背後に向ける。


「啓介、まだこれ入ってるでしょ?」

「ああ、昨日を無理やり入れられたしな」

「………」


 両助はその事実に無言となる。いや、無言とは生温い。心臓が止まったと同時に槍で貫かれた感覚を覚えた。


 ちょっと待て、啓介。お前普段からこんな美少女と関係を持っているだと、美人な監督だけに飽き足らず?冗談はよしてくれ啓介。


「ふふ、良かった」


 その微笑の真横で、友に対して失望する両助。


 なあ、啓介。俺達友達だよな?友達って言うのは時に助け合い、時に支え合うのが友達だよな?なら独り占めせず俺にも玲さんを紹介してくれても良かったんじゃないか?支え合いの精神は大事だぞ、啓介。俺はお前を認めているんだ、忘れるはずがないだろ?


 ん?何?この前、食堂で助けなかった?…ちょっと何言ってるかわからない。


 まあ、それは一度置いておいて、啓介。お前に許されることは俺に玲さんを紹介することだ。だが、お前が玲さんとあまり距離を置きすぎるのも良くない、彼女が悲しむからな。でも近すぎるのもダメだ、俺が殺す。玲さんの機嫌と好感度を上げつつでも落とし過ぎず、距離も近からず遠すぎず適切な距離で、仲が良いんだが悪いんだがよくわからない丁度いい距離を保て、簡単だろ?そしてできれば、いや必ず絶対に俺の好感度を上げろ。なあ?簡単だろ?


 もしもそれが失敗すれば俺はお前を許さないからな。死んでも許さない。墓に埋まろうが這い出て呪い奉ってやる。最悪の場合、末代まで呪ってやるぞ♡


「じょあ、チームは僕と影峰君、啓介と原田君の二チームね」


 その玲さんのチーム決めに、俺の心は洗われた。ここにきて僕ッ子の追加とまで来たか。


 許すぞ、啓介。俺はお前の全てを許すぞ、啓介。お前は彼女をここに連れてきて俺を導いてくれた、巡り合わせてくれたのだ。この一時の幸福、されど永劫の幸せ、最上の甘美。この感謝はしてもしきれない。祝福だ、お前の子孫、その終わりまで祝福を与えよう。祝福の効果?聞いて驚け、タンスの角に小指をぶつけない祝福だ、痛みからの解放だな。加えて玲さんの影峰呼びを両助呼びにしてお付き合いまで発展させれば俺の一族に仕えることが出来る祝福も追加しよう。さあ励み給え。いや励め♡


「しょうがねえな。淳也、やるぞ」


 ここでチーム分けに異議を唱えないのも好印象だ。良いぞ啓介、その調子だ。


「やり方わかるの?」


 淳也がルールを知らないので自身の相方に問いかける。

 今の会話を察して啓介もほぼ未経験に近い事を悟ったのだろう。


「一回だけだ、けどそんな難しくないぞ」


 そうして外野は自分達の領域でそれを始めた。よし、ではこちらも。

 両助は姿勢を正し、前に向き直る。

 そこには当然玲さんがゲームをスタート画面にして待っている。

 ああ、眩しい。


 両助は初めの一手を下す、挨拶は大事だ。

 膝に手を乗せ、ぺこりと頭を下げる。


「それじゃあ、よ、よろしくお願いしま~す」


 緊張したせいか小声になった上になんとも頼りない声を出してしまった。

 だが彼女に気にした様子はない。


「これはご丁寧に、こちらもお願いするよ」

「う、うん……えっと…」

「ん?ああ、名前ね。自己紹介しようか。…僕は緒方おがたれい、玲で良いよ」


 言葉を詰まらせた様に大事なことに気付いた玲さんは、自分の胸に手を当て自己紹介を始めてくれた。


 ああ、もう好きだ。こちらの悩みに気付いてくれるなんて好きだ愛してる。

 名前もわかったところでこちらも改めて自己紹介を。


「俺は影峰両助、両助って呼んでほしい。よろしく玲さん」

「おっと、さん付けとは、でも礼節がある人は好きだよ、僕。よろしくね、両助」


 両助はその言葉に気絶しかけた。あまりの衝撃に呼吸を忘れ、過呼吸になりそうだった。

 だがそれに耐える。どうして惚れた女の前で無様を晒せようか、彼は自力で意識を繋ぎ止め、現世に固執する。


 両助は啓介を見る。その目は信徒が神を崇めているのかと言うほど輝いていた。


 啓介、いや啓介さん。祝福を与えるなどこちらが不敬であった。むしろ祝福を与えたのはあなただ。


 この耳で拝聴した至上の御言葉。それを脳裏に叩きこむ。今ここで決めた、俺はあなたに仕える。


 あああ、どうしよう啓介、どうしよう淳也!玲さん好きだって、もうこれ告白では?もう付き合っていると言っても過言ではないのでは?(個人の感想です)


 そんな溢れる感激など気づかずに、自身のスマホに集中している。


「じゃあ、始めようか。ゲームルールの説明をするけど啓介が言ってた通り、そんなに難しくないよ」


 その声はブラックホールのように不思議な引力を持っていた。

 両助の視線はすでに彼女の顔と、彼女が差し出す画面にくぎ付けだった。


 彼女の説明はこうだ。

 『SUMOU』というタイトルが付くくらいだ。そのゲームは相撲を題材にしていたゲームだ。


 内容は力士の育成シミュレーションゲーム。指定のターン育てた力士を他プレイヤーの力士と対決させるのが主要な遊びだ。


 力士の鍛える能力値も単純、腕力、脚力、体幹の三つだけ。

 だからその日で選択する行動は四種類、張り手による腕力練習、ランニングによる脚力練習、四股を踏むことによる体幹練習、体力を回復する病院へだ。


「何を育てればいいんだ?」

「基本的には張り手とランニング、体力がまずそうなら病院へかな」

「へえ…四股は?」

「四股?ああ。やらなくていいよ。どれだけ上げても変化が無かったんだ」


 そうして育成を開始する。画面にはどすこいどすこいと力士が張り切って練習に励む。やっていて思った。これっていわゆるクソゲ……いや、玲さんがやってるゲームだ。きっとまだ見ぬ魅力があるはずだ。


 両助はなんとかそのゲームの魅力を血眼になって探す。だがどんなにその良い面を見ても、やっぱりこれはクソゲーだという結論に至った。だが、彼女に対する感情は変わらない。


 俺は玲さんが玲さんだから愛しているのだ。

 その後は玲さんの言う通り、育成を続ける。


 正直ゲーム内容などもうどうでも良かった。

 そんなことよりこうして肩を寄せ合って共に何かをすることが堪らなく嬉しかった。


 順調に張り手とランニングを行わせたところで体力がかなり減った。

 両助はここで玲さんに確認を取った。


「これ病院行かせるね?」


「うん」と頷いたことを確認し、病院への箇所をタップした。すると力士の体力はみるみる回復する。

 そうしてまたトレーニングに行かせたところで、システムを理解した。

 要は体力を随時確認しながら適切に能力を上げていくゲームだ。

 なるほど確かに簡単だ。


 だが多少、いやかなり運要素が強い気がする。能力の上昇値、各ターンのイベントの発生種類、それらはランダムのため相当回数プレイしないと最高の力士は造れないだろう。


 しかもそれらは一つ一つ何十、何百分の一と来た。全てを引き当てる確率は一体何百万分の一なのか。

 そうして三回目の体力回復のために病院に行かせたときに普通とは違う画面になった。

 力士が突如気絶させられたかと思うと、背景が病院からどこかの実験室になった。


「あれ?玲さん。これは?」


 聞いたところ、彼女の表情が目に見えて変わる。そのワクワクした表情に俺はまたも虜となっていた。


「おお、すごいよ両助。力士愛好家博士を引き当てるなんて!」

「り、力士愛好家博士?」


 そのアホみたいな名前が美形な彼女の口から出たものだから思わず聞き返してしまった。

 なんでもその博士の実験のモルモットになると。絶大な能力向上が望めるらしい。


「でも怪しいって書いてあるよ?危ないんじゃない?」


 両助はその青文字の一文を見逃さなかった。

 その上、その博士なる姿の初老の人物は博士と呼ばれるだけあって白衣は着ているが、それを加味しても姿がみすぼらしく、とても胡散臭い。

 そもそも愛好家と呼ばれるくらいなんだから力士を実験動物にするなよ。愛好家の風上にも置けないぞ。


 だが玲さんは「大丈夫!」とこちらを安心させる。


「危険なことなんて滅多にないよ。確率もすごく低いし」


 お気楽に言うものだから大丈夫だと安心したが、やっぱり予感は消えなかった。


「え?でも危ないって、安全な方が—————」


 再度説得を試みるが、彼女は何でもないように手を振る。

 不安に思い続けるこちらを安心させようとしているのがわかる。

 本当に優しいな、好きだ。


「もう両助は心配性だな。大丈夫だって。ほら、何も起こらな————」


 デデドン。


 彼女の声が、ゲームの失敗BGMに阻まれる。

 玲さんが陽気にも、実験を受ける、を推した瞬間、画面全体が紫のエフェクトに包まれた。

 次の瞬間、下の吹き出しに力士の三半規管の障害が知らされた。

 いや、一回の失敗が重すぎない?


「チッ!クソゲ…」

(今クソゲーって言った⁉)


 横で玲さんが小声で確かに舌打ちと共に汚い言葉を吐き出したので、思わず彼女の顔をガン見してしまった。

 だがすぐにそのしわの入った表情は取り繕われ、育成は再開される。


 え?怪我したまま練習すんの?


 力士のけがを治す機能というかシステムがあると思ったが、そんなものは無かった。三半規管の障害がある力士はふらつきながらも練習を再開する。

 玲さんも特に気にした様子が無かったので、こんなものなのか?と疑問に思いながらも気にしないことにした。


 そこからまた何ターンか練習と病院へを繰り返して、能力を上げていく。

 そこで失敗確率発生のアイコンが出てきたので、大人しく病院へ行こうとしたのだが玲さんがそれを止める。


「ちょっと待って、病院へは行かなくていいよ」


 その制止になぜ?と思った。先程からこのアイコンがでれば病院へ行かせていたのに、どうして今回は行かせないのだろう?

 訳を聞くと、その答えは玲さんの口から出てきた。


「え?どうして?確率のやつ出たよ?」

「そのアイコンよく見たらわかるけど、確率が一パーセントでしょ?そんなの失敗しないって」

「いやでも……可能性があるならやめといたほうが…」

「だから心配し過ぎだって、ほら押すよ!」

(あれ?これさっきも見たぞ?)


 両助はその光景にさっきの出来事を思い浮かべた。

 しかし、大丈夫だと自身を落ち着かせる。

 玲さんの言う通り、確率は一パーセントなのだ。そんな極小確率、引き当てるわけがない。


 あんだと?フラグ?いや…でも……一パーセントだぜ?こんな低確率引き当てるなんて、まさかまさか。


 そうして練習がタップされた。次の瞬間…。


 デデドン!


「なんッ————————フゥー……」

(ブちぎれた⁉)


 玲さんはあまりにも、いやむしろ奇跡的な出来事に握りしめた拳を声と共に机に打ち付けかけた。

 拳は机とぶつかる直前、玲さんの中でここは学校だという理性が働き、その動きを停止したのだ。

 そうして怒りを抑えるため、息を吐いた玲さんは練習を再開する。


「ま、まあ、まだ初めの方だから、まだ巻き返せるよ」

「う、うん。そうだね」

(説得力ないよ玲さん…)


 そうして俺達は啓介達の力士に勝つために練習を再開した。

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