第39話 女の子は照れてこそ花というモノ。
一週間と一日前、高校生活二日目————————
昨日からどう行動したものかと考えた両助は席につきながら、思い悩む。
自分は当然、入ったばかりの新参者。
親が理事長でもなければ、権力者でもない田舎から出てきたぽっと出のただの学生だ。
そんな自身には学園内ではなんの力もない。
人を動かすには色々な物が必要だが、そのどれも持っていない両助にはとても難しかった。
少し卑屈気味に席に着いた両助。
背後ではいつもより多く朝飯を食べる啓介。
その時に良い事を聞いた。
彼女は部活のみが厳しく、それ以外は緩いようだ。
………なら、それは使える。
この後に高校生活の初めての恋と初めての失恋を経験した両助。
一限の健康診断とその後の通常授業を終え、放課後となった彼は生徒行きかう廊下でそれを思っていた。
(本当に外れくじ引いたな)
本日の終了に浮かれる者、部活動の開始に喜ぶ者で賑わう廊下にて、沢野先生に頼まれた回収物を運んでいた両助は昨日と全く同じことを心の中で独り言ちていた。
授業内課題が出た瞬間、嫌な予感はした。むしろ沢野先生は自分で運ぶつもりだったが俺に押しつけたのではないか?あの数秒の無言がそれにしか思えてならない。どことなく目線も「君どうせ暇でしょ?」と向けられてるような気がした。まあ、暇なんですけどね。
そうして教室のある別連棟から渡り廊下を経由して職員室のある本校舎に移動する。
渡り廊下を向けた三階から職員室のある一階へ階段を下りる、
そこは三年の校舎なので、一人ネクタイの色の違う両助の居心地と肩身は狭い。
昨日と同じでね、やっぱり場違い感がね、凄いんだこれが。
またも、そこにいるのは辛いので、と少々歩調も早まる。
小走りになりながらも、ようやくそこに着いた。
またも一分にも満たない時間をなんだかの理論により悠久に感じながら目前の扉を叩く。
………………。
ノックをしたが返事はない。
不思議に思ったが、ここに留まり続けるわけにはいかず、仕方なく扉を開く。
「失礼します」とその場に自身の存在を知らせる。
だが誰もいなかった。皆、立ち並ぶデスクから姿を消していたのだ。
「……ああ、職員会議か」
最後のホームルームでも昨日の職員室でも沢野先生がそんなことを言っていた。
健康診断前にあまりにも衝撃的なことがあったから忘れていた。
「あれ?あの人、そのために俺に?」
そこでこの状況と彼の所在によりある考えが思い浮ぶ。
ほうほう、つまり沢野直人は時間ロスを防ぐため、雑務を他人に任せたと。
でもあの人もしも俺がデスクの場所憶えてなかったらどうするつもりだったんだ?
というか憶えといてよかったよ。じゃないとここに立ち往生するところだった。
沢野先生のデスクに向かい、机のど真ん中に集めた提出物を置く。
……いや、ここだ。絶対にここのはずだ‥‥多分。
自分でもその時、不安になってしまった。
だがおそらく大丈夫だろう。
たとえ間違っていたとしても、この書類の内容を確認すれば、自ずと沢野先生のモノだという事に行きつく。
違った場合、ここ本来のデスクの人には申し訳ないが、致し方ない。
勝手にこちらの記憶力を過信した沢野先生が悪い。
そうして書置きを書類に挟んでから振り返り、急ぎ教室に戻る。
本来なら部活動に入っていない両助が急ぐことなど何もない。
しかし、今日はやることがあった。
(本当なら、もっと早くやりたかったんだがな…中々、場が整わん)
七転八起な今日に、両助は嫌気が差す。まさかここまでことがうまくいかないとは。
余裕だと、今日に後回しにした昨日の自分が恨めしい。
(だが、味方づくりは必要だ)
小走りに教室に向かう。
渡り廊下を抜け、教室のある校舎へ、その時だ。
角を曲がり、後は直線を進むだけのはずだったのだが、運悪く曲がる角から生徒が現れた。
両助も急いでいたことだし、かなり強くぶつかってしまった。
そのぶつかった女生徒は手に持っていた紙束と鞄を床に落とし、加えて衝撃から尻餅をついてしまった。
「ご、ごめん」
両助は慌てて、手を延ばす。
純粋な謝意として手を延ばしたが、改めてこの行動はキザで気持ち悪いと考え直したので、引っ込めようとしたが、彼女は気にした様子もなく掴み取ってくれた。
「あれ?伊藤さん?」
なんとぶつかったのは同じクラスの
手に力を込めて持ち上げた時にウェーブのかかったセミロングの髪が揺れる。
彼女の趣味を知ってしまったからなのだろうか。なぜか初見よりスレンダーに見える。
両助は彼女の今の姿にどことなくアビシニアンを連想してしまった。
「どうしてここに?いつもなら…っていうか昨日だけだけど、すぐ帰ってるはずでしょ?」
彼女は目前のそんな人物が自身と猫を繋げていることなど知る由もなく、今話された内容に眉を曲げる。
それを見た両助はしまった、と心の中で歯噛みする。これではまるで…。
「あんた、あたしのこと見てたの?」
まるで伊藤さんの言っている通りになるではないか。
それは好感度を、ひいては彼女のファンすらも敵に回すことになるので慌てて、好印象に思われるように言い訳をする。
「いや、ほら!伊藤さんって四つ前の席だし、それにかっこいいからさ。よく目を引くんだよね。その証拠に他クラスでもファンが出来てるんだよ!凄いね!」
「……そう」
あ、この人、わかんねえや。あんまりにも顔に出ない。友達出来なくて当然だわ。
彼女もまさか目前の人間がそんな悪口を考えているとは思わず、この時間まで残っていた理由を吐いた。
「これ‥‥‥‥出してないのあんただけ」
「あ、ごめんね。俺も集めるの手伝うよ」
その床に散らばった紙を見ると、これまたお馴染み、自己紹介シート。
どの授業でも初回はこれを書くものだからもう内容が完全に頭の中に染みついた。
紙を持ち上げて名前を見た時に気付いた。両助が拾い上げている区画は積み上げた紙の上の方。つまり…。
悪い癖だが、それを拾い上げる。
足立さんはともかくとしてその下、安土平唯。特技なし。うん、安土君、できればもうちょっとがんばろっか。
そして探していた物はその下、安土君の紙を持ち上げて、その内容に少し目を通す。
やはり……だ。
「……ちょっと」
「はっ!」と声を上げる両助、しまった。見ることに夢中で気付かなかった。まさかここまで彼女の回収速度が速いとは。
だが最悪は回避できていた。伊藤さんは自分の自己紹介シートが見られたとは思っていない。
集めたそれを手渡す。そこで彼女本来の目的に戻る。
「じゃ、あんたの出して」
しかしそれは困った。両助の紙はここにはない。机の中だ。そこで両助は良い事を思い付いた。これならば色々と都合がいい。
「悪いけど、俺のは机の中に入ってるんだ。さっきぶつかったお詫びに俺が坂上先生の所に持っていこうか?伊藤さんは部活……には入ってないから、帰って早く休みたいでしょ?」
その提出の代役に、悪いと思ったのか伊藤さんは少し躊躇う。
しかし彼女が気にしたのはそこではなかったらしい。
「……別に暇じゃない」
「ありゃ、そうだった?バイトとかかな?暇人みたいに言ってごめんね!」
「違う」
「え?じゃあ、何?」
彼女は言葉を詰まらせる。どうやら両助の予想通り恥ずかしがり屋なだけのようだ。
伊藤さん、確かにそれは良い個性だ。知ってもらえればそれは可愛がってもらえることだろう。だがね、それは知ってもらうことが前提なんだ。君の場合、相性が悪い。
「……ダン…ダンス」
「へえ、ダンスかッ!すごいじゃんッ!それにかっこいいッ!」
正直、伊藤さんの声は自信が無さげで聞き取りづらく、というか聞こえなかったので半分賭けだったが、彼女がシート通り回答してくれてよかったと胸を撫でおろす。
伊藤さんは面と向かって褒められたことがあまりないのか、少し頬を紅潮させる。
まだだ。今のうちに畳みかけなければ。
「あれ?でも俺はじめて聞いたな?」
「皆にまだ言ってないから…」
「えー、もったいないって。言った方が良いって!」
もったいない。これは本心だ。昨日見て思った。
伊藤さんは両助の提案に不安を露わにした。どうやら問題は気恥ずかしさだけではなかったらしい。
「い、いやでも、私がダンスやってるなんて言ったら、かっこつけすぎって思われない?」
「そんなことないって!むしろ伊藤さん元からかっこいいんだから、かっこいい×かっこいいになって更にかっこいいになるよ。むしろ言えばファンも増えるし、伊藤さんのことも知ってもらえる。だからじゃんじゃん言っちゃっていいよ!」
あまり彼女を不安がらせないように、出来るだけ自然な笑顔でサムズアップする。
彼女には話し始めの障害となる足枷があったのだ。
元々、材料も、武器もあった。だが肝心の踏み出す意思がなかった。
ポテンシャルはある。姿形も申し分ない。だがその意思の欠落は致命的であった。
どいつもこいつも本当に呆れる。
秘密兵器?エリクサー症候群?全く、ふざけるな。隠してどうする隠して。そういうのは策略だけにしとけ。人と人との繋がりは今この時、この瞬間にしかないんだよ。
過去の有名な偉人も言っていた。一期一会と。
「そ、そうかな」
クールなのも必要だと思うがね。煩いばかりの奴は正直うざいからな、だが限度があろう、限度が。人間は面倒くさいのだ。過度な使用も毒になるというもの。適度に使え。
その赤面だよ、それそれ。
それを皆に見せろって言ってんだよ。
誰も完璧人間なんて望んじゃいない。少しの弱点を持った者を好むのだ。
恥部を晒すことを恐れるな若者よ、一時の恥など三日後には忘れている。むしろ自分から自分の欠点を笑ってやれ、じゃないと誰も付いてこねえぞ。
「は、恥ず!かっこいいってなに?もうあたし行くね!」
そう行って、伊藤さんは帰宅しようとしたが、マテ、ソレハオイテイケ。
「伊藤さん!提出物!」
走り去ろうとしたが、その呼び声で戻ってくる。
半ば押しつける形で強引に紙束を渡した伊藤さん走り去ってしまった。
「まあ、さすがに性格までは直らないか…」
あの性根は彼女がこれまで歩んで紡いできたものだ。一朝一夕ではどうにもならん。だから出来るのは心持ち、あと一押しを変えるだけ、皆知ってるか?以外にもそれは結構な力になるんだぜ?
両助は気付いていなかった。走り去る伊藤さんの口元が微笑んでいたことに。
「伊藤さんは、経過観察と」
一先ずは結果を待つしかない。それよりも今やるべきはこの紙束の送り先のことだ。振り返り伊藤さんとは反対の方角に走る両助。もう手遅れだろうが、何もしないよりかはマシだ。加えて今がチャンスなのだから。もう初日の失敗は犯さない。
教室に戻って提出物を回収した両助は、別連棟一階に向かう。
体育委員の伊藤さんに代わり、俺が体育教員である坂上先生にこれを届けなければ。体育教師のデスクは職員室にはない。
外に出る頻度を考えて、運動場に近い場所にデスクがあるのだ。
一回に降りた両助は下駄箱でローファーに履き替え、運動場へ続く通路を歩く。その途中にある、鉄扉の先が目的地だ。
その鉄扉の前に立ちノックする。
もちろん帰ってくる声はない。今頃体育教師達は職員会議だ。
本当なら職員会議に間に合わせたかったが、顔バレが防げる状況何て他になかった。
何?なんで顔バレを嫌がるかだって?考えてみろ、もしもすべてがうまくいって俺のおかげで啓介達が校外学習に行けるとなったら彼は純粋に楽しめるのか?できないだろ。
これだから気遣いのできない童貞は……まあ、僕も童貞なんですけどね、シコシコシコひん。
重い扉を開き、中に入る。予想通り、誰もいない。
戻ってくる前に坂上先生のデスクを探そう。
坂上先生のデスク探しはすぐに終わった。彼女が選手想いの監督で助かった。彼女の机には柔道の記念写真が置かれていた。
啓介、淳也、お前たちは良い先生を持ったようだぞ。
両助は作業を開始する。まずは提出物、これは一番上にあると怪しまれるので中間に入れる。
次は置手紙、彼女には別に直接動けとは言わない。
教師一人の力などたかが知れている。大事なのは権力があるかどうか、彼女の立場だ。
つまり彼女には鬼に金棒、沢野先生という鬼の金棒になってもらう。…いや逆か?まあ、どっちでもいいや。
そうして目的を達成した両助は、坂上先生のデスクを後にした。
この時の両助は、まさかこれだけで日程の変更にまでこぎつけるとは思っていなかったので、最悪の手段は使わずに済んだと安心するのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます