第20話 聖母の如き女神にも意外な一面が。
そして育成を進めること数分後。
なんとも奇妙な状況になっていた。
「フゥー、フゥー、ヒ、フゥー…うぅ……はあ、はあ、はあ」
ゲームも育成完了直前、玲さんは凄いことになっていた。
目は血走り、髪は乱れ、涎を垂らし、怒りで顔を真っ赤になっていた。
「も、もうすぐだ。もうすぐで…」
呼吸を荒らした彼女は長かった育成を終わらせようとしていた。
よほどゲームが好きなのだろう。もはや彼女主動でゲームが進んだ。
一方、両助はゲームを進めていく毎に露わになる彼女の性格に顔を赤らめ、ときめきからKOされていた。
……ああ、もう好き。
ムキになってるのも可愛い。
意地になって後に引けなくなってるのが可愛い。
充血した眼差しすら愛おしい。
啓介、感謝するぞ。俺は彼女の新たな一面を見つけることが出来た。
両助は赤面した顔を隠すように手で自身の顔面を覆っていたが、玲さんはゲーム画面に熱中していてそれに気づいていない。
「はあ、はあ……フゥー、このターンで完成だ」
そして肝心の力士はというと…。
画面に映る力士の悲壮感、痛々しさ、世界に怯えた様子はもう見ていられなかった。力士の現状はこうだ。
脳障害、靱帯断裂、認知障害、神経障害、精神障害、三半規管の欠損、脊髄の故障、内臓破裂となっていた。もう相撲できないだろ、こいつ。
「いや無理だよ。これは戦えないよ玲さん」
その全身の故障に試合放棄を提言するが、それは認められなかった。
もうやめてあげて……。
「いいや、戦える!僕達が育てた力士は出来る子だ!」
いや無理がある。根性論ではもうどうにも出来ない領域に来ている。
だって力士を見てみろ。涙目どころか泣いてるよ。そればかりか常に助けを求めている。
彼を左右から支えているのは、力士の両親だろうか、彼らも何かを叫んでいる。耳を澄ませて聞いてみると、懇願だった。
虐待だよ……。
「それに大丈夫!」
彼女は両助に向けて、スマホを差し出す。
画面の右斜め下彼女が指し示す場所には、最終緊急治療、という物が浮き上がっていた。
「これ押せば全部治るから!」
そのアイコンの存在に両助は力士に対する憐憫が更に強くなった。
この力士は治る手段があったにっも関わらずずっと放置されていたのだ。
「いや、なんで最初に怪我した時に押さず最後に使うの?力士が可哀そうだよ…」
「バッドステータスは成長阻害の役目を果たしているんだ。だから最後にならないと治せない」
わかったぞ、このゲームの製作者は相当な鬼畜だ。人の心がない。人格欠落者にして否定者、およそ人智の行き届かない地点にまで理性が吹き飛んでいる。野球をやっていても突然相手を殴りだして「これは戦いだッ!」なんて言い出しそうだ。
しかし、悪いが玲さんの言葉は信用できない。その治るというボタンを押してさえ、何か別のバットステータスが加算される気がしてならない。
説得の機会も与えられず、その場所は押された。
両助はそれに「あ」と声を上げたが、幸運なことに彼女の言う通りになった。
その場所をタップした次の瞬間、すべてのバッドステータスが消えた。
この医者何者だよ。ゴールド免許ものだろ。人間やめてるって。
なんとこの最終緊急治療に出向いた医師は、この力士の悪性を全て取り除いたのだ。およそ種類の違う怪我、その全てを一人で治すなどどんな名医なのだ…。
力士も復活して「戦いはまだかあッ!」と叫んでいる。
いや、これもう治ったんじゃなくて力士か人格を入れ替えただろ…。
「ふふ、ヨシ!勝てるぞ、これなら勝てる!」
玲さんは高らかに勝利宣言する。
これだけの犠牲を出した勝利に、はたして価値はあるものなのか疑問ではあるが、せっかく育てたのだ。頑張ってもらおう。
そうして俺達の力士は戦いに乗り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます