第3話 内海さんや、ちょっとお話しようか。

敬欄高等学校、入学式の日、通学路————————


 春風がそよぎ————————もういい、この定型文飽きた。桜舞い散る通学路のちょっと前の住宅街、終了。


 それよりも俺には言わなければならないことがある。


「おい、お前。酷いじゃないか」


 二度目の通学路、履きなれないローファーをアスファルトのぶつけながらも、横を歩む彼女、星野ほしの内海うつみは肩をすくめながら返す。

 当然でもあるだろうが、その顔はどこか呆れていた。


「だって私が言ってももう遅いじゃん。学校に着いてるんだし」

「おい、お前。酷いじゃないか」

「壊れたかな?」


 言葉など聞こえていないと言わんばかりに、我関せずと抗議し続ける間抜けがいるものだから、相手の故障を疑う内海。

 しかし残念なことに目前の男子、影峰かげみね両助りょうすけは壊れていない。至って真面目だ。


「何日に入学式だけど一緒に行かない?とか送ってくれれば、良かったじゃん…」

「私はお前のお母さんじゃない」


 束ねた長髪を右肩の前に垂らし、突き進む内海。

 小柄な体系にも関わらず、気が強いせいか、それは気にならない。

 むしろ彼女はそれをコンプレックスとしているから、気を強くしているのか。

 まあ、それがまたこいつの可愛いところでもあるのだが。


 さらりとした髪から鼻孔に入る香りに反応してはいけない。

 それを悟られれば、彼女の栗色の瞳は両助の顔を凝視し、それを利用して昼飯代をせがんで(脅して)くる。

 入学早々、変態のレッテルを張られるのは嫌なので至って普通に横を歩く。


 すると彼女は横へ、すすすっと逸れていく。え?そんなに嫌?

 自分が嫌われてのかと思い、その顔を確認しようと視線を向けたがどうやらそうではなかったらしい。


「ん?おいこっちだろ?」


 両助は内海の背を呼び止める。

 なぜなら彼女が学校に続く道とは別の道へと進んだのだ。


 この~、うっかりさんめ。お前も一緒じゃないか~。

 だがそんな小馬鹿にした心情は、どうやら間違いだったらしい。


「こっちのほうが近い。そっちだと遠回りだ」

「え?そこ繋がるの?どう見ても裏道じゃん」


 内海の進み先は、照らされた明るい道ではなく、路地裏のような家と家の間の外れ道だ。

 夏場になると、頭上に枝を広げる木々が良い日よけになりそうだなと思いながらも、昨日通った道を指し示す両助。


「入学日を間違えた君と、頭が良い私、さて信用するならどっちかな?」

「あ、ついて行きます。姉さん。ついてくついてく」

「そうだ、お前は私の後に続けばよい」


 そうしてどこぞの覇王なみに我が道を行く内海のお供のように後を追う両助。

 二人は裏道へと進む。


 まだ、春が訪れて間もない。

 少し冷えた空気に、体に当たる陽光。とても気持ちが良いではないか。

 今日は絶好に入学日和だ。

 その場に響くのは二人の足元だけ、少し離れたところに同学の生徒の姿が見えるがネクタイの色が違う。上級生だろうか…。


「ところで内海さんや、お姉さまは元気ですかな?」


 道中無言となり、居たたまれなくなったので世間話をする。


「安心しろ、お前に脈はない。何より振られただろ」

「人の失恋を蒸し返さないでくれますかね⁉俺はただ単に体調を気遣っただけなのですが⁉」


 不機嫌に言うものだから、思わず即答してしまった。

 なんとも姉想いな妹さんだこと、そんなに警戒しなさんなて。

 おっと、取られると思ったのかな?足早に距離を置かれ始めた。


「あ、待って~」


 慌てて内海に追いつこうとする。

 距離もさほど離れていない。すぐに追いついたが、彼女がそれ以上の接近を許さなかった。

 内海はこちらを手で制止したかと思うと、こちらの数分の停止を命じた。


「止まれ、私が先に行く。お前はちょっとしてから動け」


 その拒絶の意味がわからず、困惑する両助。

 そんなに尺に障ったのか?と先程の事を謝罪しようとしたところで、理由は別にあると彼女の口から告げられる。


「お前と一緒に初日から通学するわけにはいかない」


 その返答に、彼女の様子への印象がガラッと変わった。

 両助の勝手な思い込みなのだが、彼は今、内海が周りの目を気にしているのだと決めつけていた。


「あら、かわいい。もしかして恥ずかしがっているのかしら」


 その思い違いも甚だしい、ウザさを纏った物言いに内海の表情が歪む。

 このめんどくさい人間にいちいち説明しなければならないのかと、呆れながらもそう思われているのは尺なので、説明した。


「お前は初日から男と一緒に歩く女子をどう思う」

「おうおう、お熱いこって」


 両助は本心でそう言ったつもりだが、内海の表情は更に歪む。

 一種の怒りさえ抱いているのでは?というほどに。

 その顔は春先の入学式にはとても不釣り合いな表情だった。


「お前女子のコミュニティ舐めるなよ。そんなの見たら一発で腫れもの扱いだからな?」

「怖ッ!」


 あまりの容赦のない別世界に恐怖を感じた両助は、内海を孤立させるわけにはいかないので、大人しく彼女の指示に従ってその場に待機した。


 静かな裏道、辺りにいる雀がピチュピチュと朝の訪れを告げる。

 建物により、東からの日差しから隠れたこの道は、なんだか世界の裏側に来たみたいだ。


 十分経過したところで、連絡がきた。

 暇なので携帯をいじっていた所でその通知に気付く。

 そこには『もういいぞ』という連絡が、俺はペットかな?

 その後には、『学校では話しかけるな、他人のフリしろ。話しかけたら殺す』というお熱い言葉も頂いた。用心深い事で。


「いや、それだけ敏感なのか?」


 これだけの用心をしなければ、穏やかな生活を送れない世界というのは一体どこまで生きづらいのか、あいつも苦労してんのな。今度肩でも揉んでやるか。

 両助が内海への労いを考えていた所で、背後より声がかかる。


「ちょっとあなた」

「ん?」


 突然背後からの呼び声に振り向くと、そこにはおそらく自分と同学年であろう女生徒がいた。

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