第4話 初めて会った同級生

 突然背後からの呼び声に振り向くと、そこにはおそらく自分と同学年であろう女生徒がいた。


 茶髪のポニーテールに、引き締められた鋭い目つき。

身長も自分と同じ、女子の中では高いほうだ。

両助が着けている物と同色のネクタイを身に付けた彼女は、目前の自分を睨む。


「そこに立たれたら邪魔なんだけど」


 もう少しオブラートに包んでも良かったのではと思ったが、実際にそうだった。

 ただでさえ狭い道だったのだ。両助が立っていれば通りにくい事この上ない。


「あ、ごめん…」


 謝意を述べながら慌てて道の端に寄り、間隔を空けた。


 改めて見ると、こちらの気まで固くなってしまいそうなほど、真面目そうな人物だ。これならスライムでさえ、瞬きの後に石と化す。

 しかしそんなお堅い見た目をしていても、彼女は美少女と呼ばれる部類の顔つきだ。もしここが桜並木の道であったならば、大変様になっていたことだろう。


 彼女はまるで最初から俺などいなかったかのように、通り過ぎる。

 両助は、まるで真横を剣戟の暴風雨が過ぎ去ったような感覚に襲われ、身を強張らせていた。あんなオーラ出してたら友達出来ないだろ、あいつ。俺と同じで今日入学だろ。


 自分に非はあるのは重々承知だが、あの女生徒のあまりの愛想のなさに思わないところはない。せめてもう少し優しく言っても良かったのではないか?

 同学年の生徒の背を見送ろうとしたところで、自分も目的の場所を目指そうとする。


「……あ」


 思わず声を上げてしまった。

 両助は学校に行ことしたのだ。

 自分がこれから青春を送る学園に。


 別に問題はないだろう?と思われるだろう。別に不正を行って入学したわけでも、賄賂による裏口入学を使ったわけでもない。なんの後ろめたさもないのだ。

 そう問題はなかったのだ。ここが昨日通った道であれば。


「なあ、ちょっといいか?」


 なので彼女に助けを求めた。

 なぜ声をかける?と思われるが考えてもみろ。何も了承を得ず、後を付いて行く。

 うん!事案ですね!

 目的地が同じだったとしても、あまりよろしくない気がする。


「何?」


 どこか不機嫌そうに振り向いた同級生に少し後ろ髪を引かれたが、ここまで来れば何もないですと言うのも後味が悪いだろう。

 まあ、いきなり百パーセント他人の人間に話しかけられたらこうもなるか。

 両助は出来るだけ、彼女の琴線に触れないように、下手になってお願い事をした。


「多分君も敬欄高の生徒だろ?実は道がわからないんだ。同行してもいいか?」


 その要請に、目前の女生徒の眉が上がった。

 明らかに怪訝な表情だ。


 まさかそこまでの反応をされ……まあ、当然か。

 両助は彼女の通行の邪魔をしてしまったので、ただでさえ印象が悪い。


 これが誰もが羨む超絶イケメンだったら、目を輝かせて了承していたことだろう。

 残念ながら、両助の顔は至って平凡だ。

 勝てる要素があるとすれば、持ち前のフランクさを活かして他人との関係を即座に形成することだ。

 何?目前の少女が自分を怪しんでる?いいんだよ、こういうのは自分がどう思ってるかが大事なんだから。


 その歪んだ顔の少女は自身の目頭を押さえて、無表情へと変える。

 おそらく自分でも良くない顔をしていたと感じたのだろう。

 感情を感じさせない顔に戻った彼女は顔を上げる。

 その視線が両助の手の内に注がれると同時に言葉が吐かれる。


「あなたが持っている物は何?」


 言われるがままに自身の手を見る。

 そこには先程暇つぶしに開かれたスマートフォンがあった。


「携帯です」


 あるがままを告げると彼女は踵を返して、学校に向かおうとする。


「それで調べれば良いでしょ?それじゃあ」


 素っ気なく告げて去ろうとした彼女、しかし、両助はそれよりも早く会話を継続する。


「いやだって…わざわざそんなことしなくても目の前に教えてくれそうな人がいたから」

「私をナビ扱いしないでくれるかしら⁉」


 去ろうとした彼女がこちらに急速に向き直る。

 思わぬ食いつきについ、驚いてしまった。

 おっと、もしやこいつおもしろいやつか?


「簡単でしょ⁉経路案内ツール使えば一発じゃない⁉」

「いや…難しい」

「難しくないわよ!学校の名前を検索するだけよ!」

「実は俺、携帯を使うと頭が爆発する病気にかかっているんだ…」

「いや携帯を持ってる意味⁉」


 ああ、こいつおもしろいやつだ。

 そうわかってしまったので、つい興が乗ってしまった。


「だから見ることは出来ないんだ」

「嘘つくんじゃないわよ!さっき触ってたの見てるからね!」

「じゃあ、見ることは出来るけど、今結構辛いんだ」

「じゃあ、って言った!じゃあ、って」


 おおすごいすごい。

 次から次へと返しが飛んでくる。

 これはこちらもやる気が出るというもの。

 しかし、そんな楽しい時間も永遠ではなかった。

 彼女は向き直って、学校に向かう。


「もうあなたに構ってる場合じゃないわ!もう行くからね」

「お待ちになって、せめてお名前だけでも…」

「あなた私のこと馬鹿にしてるでしょ⁉」

「私、アリゲリータ・マッカーサーというの」

「どう見たって純日本人でしょ、あなた!本当に遅れるから、もう行くわよ!本当に!」

「……ああ、それもそうだな」

「…ふう、やっとわかってくれたか」


 納得した両助に、疲れた息を吐いた彼女は安心して歩みを再開する。

 そうして学校に向かう名も知らぬ女生徒。

 この裏道を抜ければ、新入生を歓迎しているかのような満開に桜がある。

 桜の木が連なる道の何たる壮観なことか。


 テクテク、テクテク。


 花弁がひらひらと舞い、零れ落ちる。

 喩え一時の美しさ、されど最上の美しさ、終わるからこそ愛おしい。

 彼らは一年のほんの一握りの中で、その最高の姿を、我ら人の心に刻むのだ。

 それはもう二度目の再開となる両助と横の彼女を出迎えるよう————————。


「なんでいる!」

「ぐふッ!」


 突然両助の腹部に衝撃が奔る。

 それは彼女が繰り出した拳によるものだった。

 せっかくの華々しい入学式の日に似つかわしくない光景がそこに現れた。

 そのまま後方に倒れた両助は抗議する。


「だってこのままだと遅れるだろ…」


 両助は道がわからない。このままでは入学早々遅刻してしまうかもしれない。

 しかし彼女もそれに反論する。こんな横になって進まずとも良いではないかと思ったのだ。


「だからって一緒に行くことないじゃない!私が行った後に来なさいよ!」


 当然の言い分にも両助も理由があったので言い返す。


「いや、離されたら調べないといけないから。俺だって余裕持っていきたいし…」


 その気持ちがわからないでもなかったのか、苦虫を噛みつぶした表情になりながらも了承してくれた。


「ああ、もう!わかったわ」


 それは渋々の了承だったのだろう。彼女は頭を押さえる。

 その反応を不思議に思う両助、てっきり何が何でもあの場に留まることになると思っていたからだ。

 女の子は入学初日から男と共に登校することを嫌がるらしい。

 それはこの後の学校生活の安寧を左右するのだ。

 内海が言っていたんだ。間違いない。


「いいのか?てっきり男子と一緒に登校するのが恥ずかしいのかと…」


 彼女もそのリスクを冒してまで、赤の他人を助ける義理はないはずだ。

 まさか、こんな俺のためにその身を犠牲に…。

 そんな自己犠牲の精神に感銘を受けていたが、彼女は片眉を上げて「何を言っているんだ?」と言う風に言葉を並べる。


「はあ?もう高校生よ。中学生じゃないんだから…」


 あらあら、中学生ですって内海さん。

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