第35話 不穏に荒ぶ、青春模様
イチャコラやること数分、デザートを食べ終わった彼らは店を後にした。
照りつける日の中、喧騒が耳に突き刺さるなか、彼らは街を進む。
商店街巡りを再開した彼らは、店頭にある商品やお土産に興味を引かれ、会話を盛り上げる。
和風な街並みといつも違う特別感に気分を高揚させながら通りを歩いていると…。
「ん?」
最後尾にいた足立さんは立ち止まり、振り返る。
そこには誰もいなかった。
「未来―?何してんのー?行くよー」
「ああ、ごめん」
立ち尽くす足立さんに声をかける新井田さん。
気のせいだと思い、深く深く考えることなく仲間と合流する足立未来。
大通りにまだ見ぬ場所を探していると、建築物が無きくなり海が見えだした。
もう終わりかと肩を落とした新井田さんだったが、落ち込むにはまだ早かったようだ。進藤はここに到着するために歩いてきたのだ。
その建物は今までの和の雰囲気から一転して洋式だ。
目立つも目立つ、当たり前だ。瓦の屋根家に挟まれたその四角い建築物は凄まじく
異質だった。
新井田さんの目を引くのは当然、そこには彼女の慣れ親しんだものがあったのだ。
「ここにもスタバあったんだ!」
新井田さんの表情が、落胆から驚愕に急変する。
あまりにもこの島が昔の様式を残していたものだから、このように言っ大建築はないと勝手に決めつけていた。
事前調査をしていた進藤は、ここの店について軽く説明する。
「うん。俺も初めに見た時は驚いたよ。でも他と違ってここには島限定のメニューがあるんだ」
進藤はそれを求めてやって来たらしい。
進藤と新井田に続いて、他も店内に入る。
進藤が求めていたのは、レモン系の限定ドリンクだった。
注文した終え待っていると定員がカップにイラストやメッセージを書いている。
新井田はゆずとシトラスのさっぱりしたフラペチーノを、足立はキャラメルマキアート、野田はダークモカチップクリームフラペチーノ、七坂は抹茶ティーラテ、寺田は甘いモノがのみたいということでストロベリーのフラペチーノを。
店内に入り、先を探す。進藤は一階でも良かったが、二回から見える海岸の景色が綺麗だという事を知っているので当然階段を上る。
そうして二階の光景に目を剥く進藤。なんと店内の壁に網目状に無数のしゃもじで覆われていたことだ。さすがの進藤もこれには驚いたらしく、「おお、すげえな」と声を出してしまった。
見渡して窓際の席が空いていたので、そこに荷物を置いて席を確保した。
そこからは足立が「荷物を見ておくよ」と言って、進藤はそれに感謝しつつ「未来のは俺が持ってくるよ」と言って一階に消えた。
足立は窓から見える景色を見まわす。
そこには今朝渡っていた海原が広がっていた。
あまりにも景色が良かったものっだから、足立の中での進藤に対する印象は高いどころか頂点に達していた。
「ん?」
ふと、外が騒がしいことに気付いた。
足立の脳裏に良くない妄想が駆け巡り、一階に向かおうとしたが荷物があるため動けずにいた。
だがもしも、ここで動かず進藤に取り返しのつかないことがあればおそらくこれからずっと自分を恨むことになるだろう。
そう考えればこれくらい安いものだと、意を決して降りようとしたが心配はなかった。
足立が立ち上がったところで進藤と皆が戻って来たのだ。
「いやあ、凄かったよ。未来」
突然、進藤がそんなことを言ったため、彼の身を案じる足立。
「だ、大丈夫だったの?」
「あ~大丈夫ではなかったかな…」
足立の言葉に対してどこかはっきりしない回答をする進藤。
その返答に首を傾げる足立に進藤は一階でみた状況を伝えた。
「……あの人は大丈夫じゃなかったかな。店の前で倒れている人がいたんだよ。話を聞くと熱中症じゃないかって」
「熱中症?この時期に?」
「俺もそう思ったけど、看病していた人がそうかもって…気絶してたんだ。まあ、もしかしたら持病か調子がわるかっただけの人かもしれないけどね」
席に戻った彼らは購入したドリンクを飲む。
進藤は足立に彼女の分を差し出して、レモン系のドリンクに口をつけた。
大変ご満悦だったみたいだ。
新井田さんは自身の飲み物を写真に収めた後にその外の景色を見て言った。
「ここって外も見えて、めっちゃ綺麗じゃん!ここ選ぶなんて正人さすが!」
「そんな大したことじゃないよ、陽菜。ネットで調べればすぐに出てきたから」
進藤の謙遜を聞き、外の景色も写真に収める新井田。
足立も進藤に対して「でも来て良かった。とっても良いところよ」と場所についての感想を言った。それに対して進藤は「喜んでもらえて良かったよ」と返す。
だがそれほどまでに窓から見える景色は美しかった。海原の先には自分達が住む街が見える。背後の山々も壮大だ。
彼らは見渡した景色に感服しながらドリンクを飲む。
そこから数分間、雑談を少々行った一同は、次の目的地について話す。
「どうする?これから?」
ズズズッ!とストロベリーフラペチーノを吸いきった寺田が皆に問いかける。
野田はスマホの時計を見て、帰る時間いついて確認を取る。
「何時にフェリー乗り場だっけ?」
「たしか、四時半。あと一時間もないわね」
現在は茶房でデザートを食べる、商店街全体を散策、そうして現在いるスタバに来たため、もう時間は一時間も残っていなかった。
「ちょっと難しい時間だね」
何かをするとなると微妙な残り時間だ。
やっても終わらせられず、途中で切り上げてしまう可能性がある。
ここにはいくつかの観光名所があるが、ここからでは少し距離がある。向かう時間を考えれば現実的ではない。
他の皆も行きたい所へは行きつくした感じなのでそもそも要望が無かったのだ。
だが、沈黙が場を支配することはなかった。
その場を変化さえたのは進藤だった。
「皆、まだ大事なことを忘れるぞ?」
それに対して皆「何か?」と頭頂にはてなマークを浮かべる。
さすがは進藤。木村啓介が絶賛したように場の保たせ方、操作に仕方を心得ている。
彼にはまだ持ちネタがあったのだ。
最後に相応しい持ちネタが。
「あの海の真ん中にある大きな鳥居だよ!」
その場の全員はそういえばそれはまだだったと納得の声を出した。
今朝フェリー乗り場を下りて、目前の広がっている和風な建物が壮観だったものだから、擦れてしまっていた。
島に着いた彼らの視界の右端には、確かに海に浮かぶ象徴があったのだ。
まあ、それほどまでに目前の賑わいが凄かったのも要因の一つである。
進藤の提案に嬉々として皆が賛同する。
そうして最後は皆で鳥居を背景に記念撮影をすることとなった。
それならば行って写真を撮り、帰ってくるだけ。時間もそれほどかかりはしない。
十分ほどの余裕をもってフェリー乗り場に着くことが可能だろう。
次なる目標も決まったことだ。ドリンクを空にした彼らは店を出る。
先程の進藤達の言葉通り、店の表で人だかりができていた。
人が倒れていたというのは本当だったようだ。人混みの隙間から地面に倒れこむ人物が見える。
足立が「大丈夫かしら?」と彼の身を案じていると一台の救急車がサイレンと共に来た。
それに一先ずは胸を撫でおろす足立、後は救急隊員に任せれば問題はないだろう。
「ん?」
背後を振り返る。そこには何もいない。気を取り直して目前の野次馬と共に彼らを見る。
倒れた者の容態を確認し、ストレッチャーに乗せた彼らは、傷病人を救急車に収めてその場から去っていった。
原因の消失に野次馬達は次々とその場を去っていった。
「行こうか」と事の結末を見守った進藤が言うと、皆は鳥居に向かった。
大通りを向け、海岸のアルファルトの整備が施されていない道を歩く。その道はそこまで歩きづらくはない。別段砂花のようにこちらの足を重たくする砂ではなく、固い砂、草も綺麗に刈り取られている。
六人組で歩く彼らは「今日は楽しかったね!」と早くも終わりのムードだ。
足立は進藤の隣を歩く。
彼女はこの時間を離れがたく思っていた。
この時間が終われば、またいつもの日常に戻る。
そううなれば、自然とこのような少人数の行動は少なくなるだろう。
それはいけない。状況が作りづらくなってしまう。
(それなら…)
「……」
「……」
進藤も恋心については疎いほうだ。
だから横で歩み彼女の無言を許容した。
目前で盛り上がる四人を見守りながら。
(それならせめて…)
この場で彼を自分の物にしよう…。
足立未来はそう決心したのであった。
正直に言うと、足立は進藤に惚れている。
きっかけは委員会の決定日。
これまでと変わりなくクラスを纏めるべく手を上げた。
そう、ここまでは変わらない……。
壇上へと歩む。その歩行に周囲が静寂となる。おそらく見定められている。
そう、これも昔と変わらない………。
壇上から陽気に、相棒の呼びかけをしようとも彼らは動きもしない。
ここまでは変わらなかったのだ…………。
やはりこちらが下手に出ようと無駄か、といつものように担任に決めさせようとした。くじ引きでもじゃんけんでも多数決でも、好きに決めればいい。自分から動こうとしない人間など彼女にとっては皆等しく纏める対象なのだ。そうして沢野教員に向き直ろうとした時…。
…………ここからはいつもと違った。
静寂がその快活な声で切り裂かれる。彼女にとって、それは正しく世界を裂く剣戟だった。
ルールが覆された。法律が瓦解した。規制が取り払われた。
彼はこちらに手を伸ばす。その時、彼女は確かに揺らいだのだ。
しかし、まだだ。ここで出てくる人間、男には良からぬ輩がいる。
性欲に負けた卑しいサル共が……貴様らの視線など気づいているぞ。
その後、足立は何回か進藤にちょっかいをかけたが、彼はそのどれにも反応を示さなかった。
彼女はそこで気付いたのだ。
彼は自分の体ではなく、瞳を通して自分の心を見てくれていることに。
その純情を以って、彼女の意思は確定した。
「正人!」
思い人を呼び止める。その顔がこちらに向く。
今しかない。仲間達が離れ行く今しか。
「何?」
果たしてこの時自分は紅潮した顔を抑えることが出来ていただろうか。
愛を叫ぼうにも、言葉を詰まらせる。面白いほどに口がわななくではないか。
どうした、言えよ。言うと決めただろう。
彼女は言葉にもならない息を吐く。
羞恥と恐怖、不安と肉体の異常から、意識と思考が混濁する。
その様子を見た進藤は優し気に微笑みながら足立に言葉を投げる。
「はは、大丈夫?」
その笑顔で足立はもう彼の顔を見ることが出来んかった。
自身の頬がこれまで以上に熱を灯っているのがわかる。
もう足立は、今は己がうちの激情を抑えるので必死だった。
俯き、呼吸を落ち着かせる。深呼吸をして鼓動を抑える。
そして顔を上げる。
彼女の答えは————————果たして…。
「正人……」
彼女自身、人より多くの経験をしてきた。
何事もひたむきに努力を怠らなかった。
これまでの人生、たとえ短くあろうとも、色々な経験を身に着けてきたのだ。
しかし————————。
「楽しかったわ。今日は本当にありがとう」
彼女にとって、この経験は少し早かった。
本当に言いたかったこととは違うが、その言葉に対して笑いを零す進藤。
「何言ってるんだ、未来。まだ今日は終わってないだろ?ほら、行こう!」
「ええ、そうね」
再び進藤の横に向かい、友に歩む二人。
なんとか平常心を保って、進藤の顔を見る足立。
その顔は至って普通で少々腹が立った。
まあ、顔は良いのだ。それなりにそちらの経験があるのかもしれない。
そう考えた時、自分が初めての女ではないことにもやもやした。
そんな彼女の苦悩など知る由もなく進藤は足立に言葉をかける。
「それにしても未来、御礼を言うだけであんなに真っ赤になるなんて、相当な恥ずかしがり屋だな」
それは場とこちらを気遣った一言だったのだろうが、もう少し後にしてほしかった。このクソボケは一回押し倒して、わからせる必要がないだろうか?
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