第17話 この日、少年は運命に出会う。
敬欄高等学校、一年八組教室————————
高校生活三日目、そうなれば皆、気が抜ける頃だ。誰もその領域に足を踏み入れることに躊躇いはない。確実にここがホームとなっていた。
それは両助も同じこと、彼は迷いない動作で席に着く。
後ろの啓介はというといつもと変わらず食事に勤しんでいた。
本日のメニューは大量の唐揚げと白米だ。白米は常備らしい。ここ三日で連勤だ。
長い通学路の疲れから肩を回す。
自分でも時間の流れが速すぎて驚いている。
朝は早く起きて学校に行き、帰る頃には夜。飯食って風呂入ったらもう寝る時間だ。逆に寝なければ睡眠不足で死ぬ時間帯なのだ。
なので両助の遊ぶ時間は電車の中になりつつあった。スマホの遊び限定で。
そんなスマホのゲーム依存度が高まった両助に対して、食いながら「おはよう」としゃべる啓介、口の中に物を入れながら話すのがうまくなっているな。
しかし少し違和感を覚えた。たくさん食べることに疑問はない。むしろそちらの方が自然だ。
だが今日はどこか必死さというか、やけというか、何か別の思いを感じたのだ。
「今日もたくさん食べるな」
椅子に座りながら後方に向けて言葉をかける。
その小柄な体の中にどうしてそれだけの質量が収まるのか、胃袋が四次元ポケットなのかな?
「当たり前だよ。朝練後の栄養補給だ。それに—————」
口に唐揚げを運びながら、視線を時計に移す。その目は試合前の選手のモノだった。
「数分後には勝負だ」
「勝負?」と思わず問い返した、
それに対して啓介は「ほら」と予定表を叩く。
叩かれた予定表の一区画、両助はそれで理解した。
啓介が叩いた場所は健康診断の時間帯だったのだ。
「でもなんで勝負?」
理由は分かったが、目的がわからない。彼は如何な理由でその胃袋を満たしているのか。
啓介の口に食料を放り込む速度が上がる。彼は一息に唐揚げと白米を収め、飲み込んだ後に、新たな弁当箱を出す。まだ食うか⁉
「部活でも練習前にチェックするけど、何よりあの結果は監督の目に入るんだ」
両助はさらに混乱したが、その様子を察した啓介が答えてくれた。
「体重だよ、体重。監督が結果を確認するんだ」
「なるほど。。つまりそれまでに重くしたいと」
「そ、だからたくさん食べないとダメなの。だから淳也も……あれ?あいつもう食ったのか?…さっきまであいつも朝飯食ってたんだ」
啓介の視線の先、大人しく自分の出来に座っている純也は授業の開始を待っていた。
机の横に掛けてある鞄もいつもよりどこか大きい気がしたので、あの中には空の弁当箱がたくさん入っていることだろう。
柔道部によってはちょっとしたイベントのようだ。
「でもそこまで必死になることか?」
「……体重が落ちてると怒られるらしいんだ。先輩が言ってた」
「ああ。そういう…」
柔道部の監督は厳しい人物らしい。
そこで興味が湧く。そんな人は一体どんな面をしているのかと。
机の中に入れていた教員紹介を確認して、その人物を見る。
その人は一年の体育教師だった。
「体育の先生じゃん…」
「そうなんだよ。でも悪い事ばかりじゃないぜ、別の所で怪我したらまずいからってある程度は見逃してくれる。さすがにだらけすぎてたら飛んでくるけど」
「それはまた力加減の難しいことな」
本気を出すな、怪我するだろ。何をさぼっている、真面目にやれ。
うん、滅茶苦茶だ。
だがそんな極端な話ではなかったらしい、啓介からフォローが来る。
「普通にやってれば何も言われないよ」
改めて紹介欄の顔写真を見る。
ストレートの長髪に、すらりといた体系、ドレスなどを着て舞踏会に行けば男共に狙われること間違いなしだろう。
写真に写るスーツ姿も、あまりにも似合っているものだからモデルかとさえ思った。
「お前らこんな美人に指導してもらってるの?」
なんとうらやまけしからん。
こんな綺麗な人に日夜指導してもらっているのか。
だがそんな羨望の眼差しを与える両助に向けて、啓介は警告を出す。
「言っとくけど、他が融通効いても部活では凄い怖いからな」
どうやらその鬼指導は身に染みているらしい。
厳しいのか緩いのかよくわからない先生だな。
いや、むしろその柔軟な発想力、緩めるところは緩め、絞めるところは絞める。その切り替えの早さも彼女の美徳に一つなのかもしれない。
そこでチャイムが鳴った。始業の知らせだ。思い思いにいた生徒は皆、席につく。
その直後、沢野先生が現れた。
彼は出席を取らず、「皆いるね、休みの連絡もなしと」と教室を見まわして日誌にチェックをしていく。
名前読んでの出席確認は初日だけのようだ。おそらく自己紹介も兼ねていたのだろう。
手早く出席を終えた沢野先生は今日の日程を軽く説明する。
俺達八組の検査は九時四十五分から、測定場所は体育館で検査は男女別、服装は体操服だから更衣室で着替えること、では解散、とのことだ。
沢野先生は説明を終えると「また時間になったらくるからね」と言葉を残して、早々に教室から自身の仕事場へと戻った。
現在は八時五十五分、軽く一時間以上空きがある。
その時になって啓介はパンの包みを開く。よく入るな、本当に。
しかし、啓介はそれを完食した時に腹を叩き、椅子の背もたれに体を預ける。
どことなく顔も満足しているようだった。
「ふう、食った食った」
「安心したよ。お前のポケットにも底はあったんだな」
「穴が空いてるでもあるまいし。ちゃんと満腹にもなるよ」
そう言うが「だけど一様」と新たな包みを机に置く。中身を見るとコロッケだった。
時間が迫れば、それを口に運ぶつもりだろう。
教室の雰囲気も緩くなる。
生徒達も席を移動してグループごとに集まる。そこで淳也も俺達の所へ来た。
その手には啓介のように食べ物はもっていない。手ぶらだ。
「お前は食べないのな」
「啓介が考え過ぎなんだよ。別に体重何て一キロも二キロも変わらないだろ」
対極の両者に、同じ部活なのに全然違うなあ~、と思った両助は体の向きを横に変えて、壁に背をもたれる。
両助の席は壁際だ。机は壁にぴったりとくっついている。なので体を横に向けるだけで良い背もたれがそこにあった。
「俺はお前みたいに最初から持ってないんだよ!」
淳也の発言に啓介が声を上げた。両助はあまり体重のことは気にしたことが無いし、彼ら柔道部のことも良く分かっていない。そういうものなのだろうか……。
そこまで気にしてる人達を見ていると自分がどんなものなのか気になってくるではないか。
今日確認してみようかな。前回っていつ測ったっけ?全然覚えてないわ。
両助は初めてこんなにも自身の体を気にするのであった。身長の方はばっちり覚えている。タッパは大事じゃん。
「でもそれまで暇だね。どうする?」
淳也が手持ち無沙汰になっている現状に困っている。だが胃を満たして余裕のできた啓介が携帯をもち上げてヒラヒラさせる。
「君もこの人類の叡智を持っているだろう?この中にはすることが詰まっているよ?」
「えー俺、あんまりいじらないんだ。使うとしたら柔道の映像見るのと撮るの、あと親の連絡くらいだよ」
「お前、華の高校生がそれでいいのかよ!もっと流行を知れ!」
啓介がその回答に激怒する。だがそんな怒りなどどこ吹く風と淳也は受け流す。
淳也は特に興味がないようだ。
「そんなこと言われても…ああいうのよくわかんないし」
彼は嫌っているというよりかは、住む領域が違い過ぎてわからない、という状態だった。
まあ、いきなりはね。それに個人の趣味もあるだろうし。
「じゃあ、漫画でも読め。アプリならいくらでもあるだろ」
「俺、漫画は実際に本でも読むのが好きなんだ」
「めんどくさッ!」
ああ言えば、こう言う状態に啓介はさじを投げた。
両助は淳也の意見を否定しなかった。
淳也の言う事も分からないこともない。むしろ賛成と言える。
両助はデジタルより、実際に物があった方が好みだった。
彼は少しコレクション気質なのだ。だって目の前に本がづらりと並んでいた方が壮観じゃない?
さすがに淳也もその言い分が不服だったらしく、ジト目で啓介と両助を見ると、これからどうするつもりなのかを聞く。
「じゃあ、お前らどうすんだよ?」
「ゲームする」
「動画見る」
「俺とあまり変わらないじゃないか…」
お互いに顔を見合わせた両助と啓介の答えに呆れかえる淳也。
同じ穴の狢。性格の変わらない者同士に集まって然るべきだったなと考えながら携帯を起動した時、両助の前の席の生徒が振り返る。
「啓介達も暇なの?」
振り返った人物に両助は目を見開く。
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