第30話

「アンタ……」

僕は彼を見た瞬間、腹の底から沸騰した何かが沸き上がるような感覚を覚え、駆け出していた。

目の前には“ノー・ネーム”がいるが、関係ない。

僕は“ノー・ネーム”の横を抜け、南雲目掛け、拳を繰り出した。

しかし、僕の予想に反し、南雲はかわすこともなく、笑いながら、僕の拳を受け止めた。

拳は彼のほほにあたった。

僕の手には殴った感触があった。

「それだけかい?」

南雲はそういうと僕の手をつかむ。

まずいと思った時に、彼は僕の腕を引っ張り上げ、そのまま空中に放り投げられた。

地面から足がうかび、驚いた。

「それっ!」

彼は笑いながら、僕を空中に放り投げる。

手が離れ勢いよく、空中に浮かぶ。

「…………!」

僕は空中で体勢を変えようとしたときだった。

わずか数秒のはずなのに、僕の目の前に南雲がいた。

認識した瞬間には腹に衝撃が加わっていた。

「ぐっ……」

痛みとともに、落ちると思った。

その瞬間はすぐにやってきた。

僕はそのまま近くの茂みに背中から落ちる。

木々が背中や腕にささり、痛みがはしる。

「いてえ」

僕は痛みに顔をゆがめる。

落ちたところがコンクリじゃなくて幸いしたものの、さすがに木も刺さるからきつい。

僕はすぐに身体を起こし、目の前を見る。

「うわっ」

“ノー・ネーム”が僕の方に目掛け、走ってくると勢いよく爪のようになった手先を振り上げ、襲い掛かってきた。

僕はすぐさま、“ノー・ネーム”の横を前転するように転がり攻撃をかわす。

地面を転がり、すぐに身体を起こそうとしたときにはすでに目の前に南雲が現れていた。

まじかよ……。

僕はそう思った瞬間には身体を地面に倒され、彼の足が胸に乗せられていた。

「がっ……」

胸に、衝撃と痛みが加わり、空気が漏れる。

「痛いのかい?」

南雲は僕を見下ろしながら、笑う。

くそっ。

僕は歯を食いしばり、彼の足をどけようとした。

しかし、彼の足は重しのようになり、動かすことができない。

「さっきまでの威勢はどうしたのかな?」

彼はわらいながら、首をかしげる。

“ノー・ネーム”が身体をゆらしながら、近づいてくる。

僕は必死で彼の足をどけようとする。

「怖いのかい? いつも自分が殺してるくせに」

彼はさぞおかしそうに言った。

「う、うるさい」

「ふふ……」

彼は笑うとさらに体重を掛けてくる。

「不便だね。 人間の身体とは。君はこちら側にくるといいのに」

彼は細身なはずなのに、まるで動かない石のように重さが増してくる。

「ふっ、ふー」

重さで息がしづらくなってくる。

それでも必死で彼の足を動かそうとする。

あがくが、動かない。

“ノー・ネーム”が気が付くと身体を震わせながら、僕の足元を見ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る