第17話

人間は自分に無関係なことにはどうにでもよくて関係あることにしか目がいかない。

当たり前だ。

誰だって意識することが必要なければ意識しない。

それに人間の脳の容量には限りがあるし、それを越えれば処理することが難しくなる。

人間誰だって、意識するところにしか注意がいかない。

しかし、「風が拭けば桶屋が儲かる」という言葉がある。

なんらかの因果関係が無いように思えても全ての事象は繋がっているというようなまったく持ってめんどくさい事を言っている。

なんらかの関係が自分には無いと思っていても何処かで何かが起きているということは関係があるのかもしれない。

だから人は目に見える、意識できるところで何かが起きないと油断している。

などと哲学めいたことを考えながら車に揺られる。

なぜ、そういうことを考えていたのかというと今回まで《ノー・ネーム》の出現が自分の身近で起きなかったからだ。

今まで任務で《ノー・ネーム》が出現する場所に行ったことはあっても自分の身近ではなかった。

要するに油断していた。

自分の知る、しかも自分の通う学校ならなおさらだ。

考えてみれば、全世界にはナノブレイクで発生した活性型ナノマシンが漂っている。

活性型ナノマシンによって起こる《ノー・ネーム》化だ。

どこで起こっても可笑しくはない。

僕は〇〇高校へと向かう揺れる車内でうつむきながら考えていた。

顔をあげるとイリスと目があった。

彼女はいつも涼しげな表情でいる。

こんな状況のときでも狼狽えることなく、彼女はただ表情を崩さずにしっかりとしている。僕にはそんな強さはない。

しげしげとイリスの顔を見ていた為、彼女はなんだという表情をする。

そして心配するような顔をした。

僕は彼女から顔を背けた。

ふとイリスを見ていて、不思議とフジマキノボルの顔が頭の中で思い浮かんだ。

何故だろうか?

そう思っても、答えは出ない。

僕はまた足元をみるようにうつむき、手に持ったチタンブレードの鞘を強く握った。

増原教官に《ノー・ネーム》出現の一報が届き、殲滅部隊が召集される前に僕とイリス、《オプション》の二人が同行し、直ぐ様、車に乗り込んだ。


高校の校舎の近くに車を止め、僕ら二人は校舎へと駆ける。

《オプション》の二人は校内に残った人の非難誘導に回る。

時刻は十九時を過ぎ、辺りは暗くなっている。

校内は点々と明かりがついているところがあるが暗くなっているところが大きい。

「イリス」

僕はイリスを呼んだ。

イリスはライフルを構えたまま顔を此方にむく。

僕は手で二手に別れるサインをだし、合図する。

彼女は目配せすると頷き、僕とは反対方向へ進んでいく。

僕も進んでいく。

夜の校内は普段とは違う、雰囲気を醸し出しいかにもという場所に相応しい。

暗闇が続き、《ノー・ネーム》がいつ出現しても可笑しくない。

僕は拡張現実を展開し、視界を暗視モードにし辺りに《ノー・ネーム》がいないか、警戒をしながら捜索をする。

しかし、この校内には《ノー・ネーム》の反応がない。

不思議に思いながらも索敵する。

違和感を感じていると耳元に通信が入る。

『増原指揮官。ノー・ネームの反応がありません』

一緒にきた《オプション》の一人が疑問に思ったのだろうか、増原教官に質問していた。『こちらでは常時、反応が出ている。拡張現実はどうなっている?』

『拡張現実に問題はありません』

ということは“ノー・ネーム”を感知する機械は働いているということだ。

前回の任務の時も同じようなことが起きていた。

今回も同じようなことがあるんだろうか?

『前回の作戦でも同様のことが起きている。一種のジャミングのようなものもあるかもしれない。回りに警戒しつつ民間人を保護しろ』

『了解』

そこで通信が切れた。

どうやら大変なことにかわりなさそうだ。

僕は鞘を片手に持ちながら前に進んでいく。しかし、計器に狂いが無いのになぜ“ノー・ネーム”の反応がでない?

本部が使用する大型の計器には反応した。

しかし、現場で使うものに反応がないのはどう考えても可笑しいんだ。

空気中の活性型ナノマシンを測定して“ノー・ネーム”の居場所を感知するが、反応がないのは空気中にナノマシンがいないことになる。

それはナノブレイク以前と同じだ。

どうやったらそんなことが起きる?

僕は思考を止めないで歩き続ける。

気が付くと校舎の裏手、フジマキと接触したところに近い場所に来ていた。

彼と話したことを思い出す。

『黒田くんは強いね』

ふとその言葉がひっかかる。

なぜだろう。

別になんともないはずなのに。

すると近くの校舎から体育館へと続く渡り廊下の所に人の気配がした。

民間人、学校の生徒の可能性がある為、僕は渡り廊下のところまで警戒しながら歩いていく。

人の気配を感じた場所までいくが時に目立った形跡もなかった。

「気のせいか?」

呟いた瞬間だった。

拡張現実にノイズが走り、暗視ゴーグルと同様の視界はぶれた。

なんだと思いながら、拡張現実を外す。

通常の視界に戻り、変な感じはするがすぐに慣れた。

渡り廊下は暗く静かで不気味さを醸し出す。一番、光が差し込まない場所から足音が聞こえた。

僕は民間人かと思い、目を凝らした。

暗闇に輪郭が見え、誰か分からないにしろ人であることには違いなさそうだった。

そいつは僕から少し離れたところで立ち止まった。

「やぁ、こんばんは」

その人物が言ったのだろうか?

男性の声だ。

しっかりした張りがあり、渋みがあるがどこか艶やかな声。

男は一歩ずつ此方に歩いてくる。

「君がくることはわかっていたよ。メッセージを出しておいてよかった」

男の姿が明かりに照らされ影を帯びているが正体がわかった。

男は微笑みながら近づく。

「さぁ、話をしようじゃないか」

彼は黒いマントの男。

あの時、僕がみた人物だ。

「何を初対面見たいな顔をしているんだい?あのとき、言葉を交わさなかったが挨拶はちゃんとしただろう」

黒いマントの男はしょうがないなという顔をしながら笑った。

あのときというのは拡張現実のズーム機能で彼をとらえたときのことだろう。

「お前、何者だ?」

僕は焦りつつあった気持ちを押さえ、男に質問した。

「何者だとは、心外だな。しらをきるなよ、私が誰だが、君たちは勘づいているんだろう?」

男は嘲るような笑みを浮かべる。

「わからないから聞いてるんだが……」

「そうか。なら自己紹介が必要だな」

マントの男は面倒だなという表情をした。

「では」

男は両手を大きく広げ、片手を後ろに回し、もう一方は前にだし、会釈をした。

「私の名前は南雲早雲。過去にナノマシンを開発し、二十年前にナノブレイクを起こした人物でございます」

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