第18話 he
男は芝居ががったような動きをする。
どうやら博士や教官が疑っていたことは本当だったらしい。
この男は南雲博士の名を語っているだけなのでは?
死んだ人間がまず蘇るはずがない。
それはナノマシンができたとしてもだ、死んだ人間は蘇らない。
どんな科学技術を持ってしても。
南雲博士と名乗った男は何かに気が付いたかのように笑った。
「何が可笑しい?」
僕は男に食って掛かる。
「こう思ったんだろう?目の前で二十年前に死んだ人間の名を語っているんじゃないかって?」
「そんなの誰だって思うだろう?」
「だけじゃない。君はもしかしたら私が本当に南雲博士という死んだはずの人間じゃないかと思ったんだろ」
僕は見透かされたような感じがして気持ち悪さと同様を覚える。
「まずは本人ということを証明しなければならないね」
男はやれやれという表情をしながら言った。ゆっくりと此方によってきながら、顔に手を当てた。
「長らくやっていないからたまに分からなくなるんだが」
男はそう言って、顔から手を離す。
僕は彼の顔をみて驚いた。
若い顔つきだったにも関わらず、いきなり五十代くらい中年の年齢にまで顔が変わっていた。
「ほら、変わっただろう?」
男はニヤリと笑い、もう一度、顔に手を翳す。
そして若い男の顔に戻った。
「なんなんだよ。アンタ……」
僕は気味の悪さと不快感を抱きながら言葉を吐き出す。
「さっきも言っただろう。私は南雲早雲だと」
「でもアンタは死んだんだろう?」
「ああ、死んださ。だがここにいる」
男、南雲博士は笑っていた。
僕は全身を包む、気持ち悪さに頭が混乱状態になっていた。
もう耐えられなかった。
思わず握っていた鞘からチタンブレードを抜き、男に斬りかかる。
チタンブレードを右斜め上からふりおろし、袈裟斬りで真っ二つにしようとした。
刃が男の身体に当たった次の瞬間、僕は絶句した。
人間であれば確実に身体が二つになっているはずだが、男の身体に刃が通らなかった。
まるで固い金属に向かって斬りつけている彼女ように。
直ぐ様、男の間合いから離れるようにバックステップで後退する。
「乱暴だな。話をしようって言っただろう」男は埃を払うように肩の辺りをはらう。
「《ダスト》というのは乱暴者ばかりなのかな?」
男はニヤリと笑い、僕を見据える。
「しかし、不思議だな。君は力を持っているのに関わらず、草食動物と同じような臆病な瞳をしている」
男は抑揚のない声でいう。
「まるで臆し動こうとしなかった彼とは別人だな」
「彼……?」
男は意味不明なことを言っているように聞こえる。
「おや、君は彼の友人ではないのかね?」
僕は警戒をとくことなく、チタンブレードを構え続ける。
「誰のことを言っている?」
「誰って酷いことを言うんだな」
男はわざとらしく、驚いた顔をする。
「僕に友人と呼べる人間はいない」
一瞬、稲葉の顔がうかんだが今はそんなことはどうでもいい。
「ほう。彼は友人ではなかったのか。これはとんだ誤解をしたもんだ。君はやっきになって助けていたから友人だとばかり思っていたよ」
「助けた?」
誰のことを言っているんだ?
「助けていたじゃないか。暴力を振るわれ、怯えていたあの少年を」
「まさか……」
胸の辺りがざわつくような感覚に襲われ、悪い予感がした。
「そう彼さ」
ニヤリと黒いマントの男は笑う。
「なっ……。アンタと彼は関係ないだろう」「関係あるのさ。彼は力を欲した。だから手を貸したんだ」
「手を貸したって……」
「言葉の通りさ」
男が言った直後だった。
耳をつんざくような声が通信に入る。
『クロ、戻って。ノー・ネームが出現してる』
それはイリスの声だった。
僕は拡張現実の視界の端にあるマップを見るとここから反対側に仲間を示すアイコンとノー・ネームを表すアイコンが表示されていた。
仲間の数は三人。
しかし、《ノー・ネーム》の数は増える一方だった。
「どうやら始まったようだね」
男はただ平然と言った。
「アンタの仕業か?」
「私がやるとおもうかい?だから言ったろう、私は力を貸しただけだと」
男はやれやれと首を振るとうんざりしたような顔をする。
ここでイリスたちのいる場所に向かえば目の前の男を逃がすことになる。
しかし、それでは意味がない。
「行かなくていいのかい。仲間が待っているんだろう?」
僕が悩んでいるのをそとめに男は楽しんでいるかのように言う。
『クロ、応答して』
マイクロイヤフォンの向こう側からイリスの逼迫した状況が伝わる。
彼女の焦りが混じった声は完全にマズイ状況だ。
僕はうつ向いていた顔をあげ男を睨む。
「そんな恐い顔しないでくれよ。私のせいじゃないんだから」
「よくもぬけぬけと……」
僕は奥歯を噛んだ。
男を死にもの狂いで捕まえるか、仲間の応援に向かうか。選べる選択肢は一つだけ。
僕は男の顔をしっかりとみた。
ここは迷っている場合ではない。迷っている間にイリスたちが危ない。
それに男を捉えようとして死んでは元も子もない。
僕はチタンブレードを鞘に納めた。
「おや、私を捉えないのかい?」
「アンタを捕らえたいがその選択を選べば、僕はアンタに殺されるかもしれない。そしたら多分、仲間が危険になる。アンタはそれを狙っている」
僕は緊張し渇く口をなんとか動かし、男に言った。
「いい選択だね」
男はおどけるように言った。
「まぁ、近々また会いにくるさ。その時を楽しみにしているよ」
男は嬉しそうに言うとそのまま暗闇の中に消えていった。
僕は男が消えたと認識した次の瞬間には走り出していた。
確実にイリス達が危ない。
僕はおもいっきり駆けた。
反対側に作られた武道館へと急ぐ。
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