第10話 南雲博士

任務から約二日後、僕とイリスは増原教官に呼び出された。

そして重苦しい雰囲気の中、僕はウンザリした気持ちを腹に溜め込みながら気をつけをして前を向いていた。

ここは《ダスト》の支部にある作戦会議室。

普段ならば五十人以上の人数を収容できる広さなのだが今、ここには五人しかおらずガランとしていた。

僕の前には増原教官と白衣を着た研究者らしき見知らぬ女性が一人。

女性は眼鏡をかけ、紙を一つにまとめあげ地味にしているが研究者らしからぬハッキリとした顔立ちをしていた。

まさに絵にかいたような大人の女性って感じだ。

僕は内心どうでもいいことを考えながら、ただ口をつぐんで休めの体勢をとっていた。

「今日、君たちに来てもらったのは他でもない先日の作戦の件についてだ」

増原教官はむっつりした愛想のない顔で言った。

少しは笑えよと言いたくなる。

「作戦中に何かあったんですか?」

僕は気になり増原教官に質問した。

「作戦中、予想外のことが起きたが隊員に何か問題があったわけではない」

増原教官は淡々と答えた。

「ただ疑問点がいくつかあり、君たち二人に質問するだけだ」

僕はよくわからず質問した。

「なんで自分とイリスなんですか?」

「それはこれから説明する」

増原教官は愛想のないムスッとした顔のまま言った。

はぐらかしやがったぞ。

僕は納得がいかないまま黙って話を聞くことにした。

「まず質問する前に彼女の話を聞いて貰おう」

増原教官は隣にいた研究者らしき女性を促すと僕らの前に立たせた。

「彼女の名前は南雲理恵博士だ」

「南雲理恵です。初めまして」

女性はゆっくりと頭を下げ、礼をした。

南雲博士?

聞いたことのある名前だがいまいち思いだせない。なんだったか?

「名前を聞いてわかる通り彼女はナノマシン開発者、南雲博士の一人娘だ」

増原教官は淡々と事実を口にしたが、僕とイリスには衝撃の事実だった。

僕は唖然としてしまった。

南雲博士。

ナノマシンを開発し、ナノブレイクを引き起こした張本人。

すでに故人になっていて死んでいる。

たしか、太平洋沖で死んでいるのが発見されたんじゃなかったか。

その親族とは……。

「彼女には《ダスト》で南雲博士の研究、ナノマシンの解析をして貰っている。今回の作戦の件について解析をしてもらった。その説明をして頂く」

増原教官は自分が立っていた場所から少し離れた場所へと移動する。

目の前の台には南雲理恵博士だけが残った。南雲博士は立体映像装置を起動させ、立体化した資料のデータが僕らと南雲博士の間に映し出される。

南雲博士は操作するペンを取り出すとゆっくりと口を開いた。

「私が説明するのは今回の作戦で採取された“ノー・ネーム”のサンプルについてです」

南雲博士の声は透き通り、凛としていてよく響く声だった。

僕は疑問をふさぎこみながら耳を傾けることにした。

「お二人はナノコードという言葉はご存知ですか?」

僕とイリスは首を縦にふる。

何度か耳にした言葉だ。

ナノコードは世界中に散在しているあらゆるナノマシンに存在している。

いろんな種類のナノマシンがあるがなにで構成されているのかを特定するコードだ。

いわゆる人間でいうDNAのような物だろう。

「話が早いですね。ナノコードは世界中のナノマシンに存在していますが今回の作戦で遭遇した“ノー・ネーム”のサンプルにも当然含まれています」

南雲博士は立体映像にむけ操作するペンを向ける。

すると資料の一つから人の身体の輪郭を模した映像を映し出した。

人の身体を模した映像は透けていて中は緑色に染まっていた。

そしてもうひとつ資料の中から細胞の断面図らしきもの画像を取り出す。

「これは今回の作戦の前の作戦で採取された“ノー・ネーム”のサンプルの細胞の断面図です。そしてもうひとつはわかりやすくするための人体図です。中が緑色なのは活性型ナノマシンのナノコードを表しています。今までに採取されたサンプルが緑色だとすると」南雲博士は途中で喋るのを止めると、また操作するペンを使い資料を立体映像に映し出す。

もうひとつの資料も同じように細胞の断面図と立体的な人体図を出した。

前に出したのと違うのは人体図の中が赤色に染まっていることと細胞の断面図が微妙に違っていることだった。

「今回、採取されたサンプルがこちらです。見て頂くと少し違うように見えませんか」

僕とイリスは頷く。

博士はペンを使い、立体映像に印をつける。「今回、出現した物のナノコードを解析してわかったのは活性型ナノマシンが進化しているということです。活性型ナノマシンは人の身体の性質に近づいてきています」

「ということはナノマシンは人の身体の中に取り込まれつつあるってことですか?」

僕は思わず話の途中で質問をしてしまった。南雲博士は微笑むと口を再び開いた。

「その通りですね。まるで人の細胞に適合したミトコンドリアに似ていますよね。今までの活性型ナノマシンは人の体内に入ると適合できずにいました。それが外面に出ていました」

「もしかして肉体の肥大化?」

「そうです。活性型ナノマシンが適合できず、過剰に影響し歪な形に変形します。たんぱく質で出来ている生物ならほとんどそうなるでしょう。しかし、今回の作戦で採取されたサンプルは人間としての形状はほとんど残っていました」

博士は立体映像装置に“ノー・ネーム”化した男の画像を映し出した。

あの時は分からなかったが男の顔や身体の一部は肥大化せず通常の状態で残っているのが確認できる。

「今までに出現した“ノー・ネーム”の細胞と比較して今回、出現した物は今までにないタイプと言えます。ナノマシンが進化しそれに合わせて人間の身体も一緒に進化している。今回の件で私にははっきりとはいきませんがそう結論づけることができます」

博士はそこで口を閉じた。

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