第11話

活性型ナノマシンが環境の変化についていき生物と一体化しようとしていることがわかった。

しかし、その事実が僕らを呼び出したことに関係あるのだろうか?

僕は南雲博士に質問しようと口をひらきかける。

しかし。

「そこでだ。このことに関連して、もうひとつ君たちに話すことと質問がいくつかある」

僕の発言を遮るかのごとく、増原教官は突然、口を開いた。

僕は正直、マジかよと思った。

あのおっさん、人が話始めようとしたら遮りやがった。

僕はある意味タイミングのいい増原教官にイラつきを覚えつつ、耳を傾けた。

増原教官は立体映像装置をいつの間にかもっていた端末を使い操作する。

するといくつかの動画が映し出される。

「まずこれをみてほしい」

増原教官はいくつかの動画の中から一つ、それを立体的に映し出す。

手持ちカメラで撮影されたのかのようにブレが強い。そして聞き覚えのある声。

それにこの光景は最近、みたことがある。

「昨日の作戦の映像だ。ちなみにこれは黒田訓練兵の拡張現実から送られた映像だ。各一人一人兵士の拡張現実には基地にあるレコーダーに映像を送る機能がある」

マジかよと一言だけ頭に浮かんだ。

隣に座るイリスの方を向く。

「なぁ、イリス。知ってた?」

「………………」

彼女は無言で頷いた。

僕はショックを受けた。

してやられたような気がすると落胆した。

まさか僕だけが知らなかったとかないよな。僕は自分の無知と恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じた。

僕は増原教官の顔を一瞥すると目があった。増原教官は普段と変わらない表情をしているがそんなことも知らないのかと言いたげな目をしていた。

彼は僕から立体映像で表示されている動画に向きなおる。

端末を操作し映像を早送りする。

僕の視点で映されたものなんだけれど別人がみた光景にも見えてくる。

ある程度、映像を早送りし続けると左右にブレついていたカメラの視界が一点に固定され人物の全体像が映りこむ。

自分のみた光景だから忘れることはない。

映像にはあの場で目にしたクレーンの上に立つ黒い布を纏った男の姿。

画面は男に焦点を絞り、徐々にズームしていき、はっきりと顔を映し出す。

映像はそこでピタリと静止する。

「先日、作戦中に録られた映像の中にこんな物が映っていた。この男だ」

増原教官は立体的に映し出された男の顔をさす。

「この男は今回だけでなく、事実他の場所でも確認された」

増原教官は端末を操作し、映像を切り替える。

そこにもまた男の顔が映っていた。

「これは北米の支部で録られたものだ。“ノー・ネーム”との戦闘中に映りこんでいた」

それからと増原教官は続ける。

世界各地で録画された男の顔が映し出される。

「このように男は世界各地で映像に映っている。ただ今まで、黒田訓練兵を除き誰一人として隊員たちは気が付いていない。それに長い時間、この男が映っている物は他になかった」

増原教官は僕の顔をチラリと見ると言った。「隊員の一人が作戦に集中してないこともわかったがな」

僕は慌て目をそらす。

そらした先にイリスの目線と合う。

何か言いたげな顔をしていたが僕は知らぬ顔をした。

一体何なんだよ……。

「我々、《ダスト》はこの男が今回の作戦中に起きた出来事に関与している疑いで世界中に指名手配した」

僕は増原教官と目を合わせないように質問を口にする。

「このことで僕らをよんだんですか?」

「まだ話は終わっていない」

増原教官は僕の発言を一蹴した。

なんだか僕の扱い雑じゃないか……。

増原教官はいもくれず続ける。

「この男が関与している可能性があると言ったが疑いはそれだけではない」

まだこの男に何かあるのか。

僕は立体映像装置に映し出された男の顔をまじまじと見る。

「増原隊長。その説明は私が」

いきなり南雲博士は増原教官が喋るのを遮った。

僕とイリスは南雲博士の方を見る。

南雲博士は戸惑うように口をつぐみ、一拍おいてからしゃべり出した。

「ここに映っている男性は私の父かもしれないんです」

は……?

僕とイリスは顔を見合わせる。

今、なんて言った?

父親かもしれない?

「ちょっと待ってください。話が見えないんですけど」

さすがにツッコミをいれなければ置いてきぼりで話が見えなくなる。

「博士は二十年前に太平洋上の沖合いでヨットの中で亡くなっているのが発見されたって?」

「ごめんなさい。言葉が足りませんでした」南雲博士は申し訳なさそうに眼鏡の位置を直す。

「確かに父は死にました。私もそう思っています。ただこの男は父の若い頃の姿にそっくりなんです。そっくりというよりも本人じゃないかと思うほど似すぎてるんです」

南雲博士も理解できないと言わんばかりに語気が強まる。

「根拠はありません。ただ私はナノブレイク以前に父が自身の研究について、口にしていたのを耳にしたことがあります。それが今回のことに関係あるんじゃないかと……」

「どういうことですか?」

「父いわくナノマシンの開発は研究の一部分で通過点でしかないと言っていました」

「通過点?」

「ええ。実際の研究目的は不老不死についてだと語っていました」

「不老不死……?」

一瞬、耳を疑いそうになった。

「それに父がナノブレイクを起こす直前、言っていました。不老不死を実現させるにはナノマシンの力が弱すぎる。だからナノマシンの力を強めるためには実験が必要なんだと。何のことを言っているのかわかりませんでしたが多分、ナノブレイクのことを言っていたんだと思います」

南雲博士は黙りこみ、下を向いた。

もし南雲博士が言ったことが本当で個人の目標の為に関係ない人たちを巻き込んでしまうなんて正気の沙汰じゃない。

完全にイカれてる。

僕は少しぞっとした。

「仮にそれが本当だとして僕らに何をしろっていうんですか?呼び出された理由がわからなくて困っているんですが」

僕は正直に増原教官に質問した。

増原教官は表情を変えることなく、口を開いた。

「疑わしい男の顔をはっきり見たのは黒田訓練兵だけだ。そして他の《オプション》にもこのことを通達するが、この男のことに関してこの支部では君らに担当してもらうことが多くなる。それを伝える為に呼び出した」

ようは男の顔をはっきり確認したのは僕だけで、男の件に関わる任務ついては僕とバディであるイリスになるってことか。

「再度問う、二人にはこれから男の件を最優先に任務についてもらう。異論はないな?」

「「はい」」

僕とイリスは椅子から立ち上がり、敬礼した。

ふと南雲博士は申し訳なさそうな表情をして前に出た。

「二人ともよろしくお願いします。個人的な事情なのはわかっています。でも誰もが思うように真実が知りたいんです。だからお願いします」

そう言うと頭をさげ、一礼した。

初めての相手、しかも年下の奴に頭をさげるということはかなり本気なのだろう。

僕はそんなことを考えながら南雲博士を見ていた。

「通達事項は以上だ。詳しいことが決まり次第、即時、通達する」

増原教官は横から淡々と告げた。

「二人共、下がって大丈夫だ」

増原教官に促され、僕とイリスは席をたち、作戦会議室を後にした。

僕とイリスは《ダスト》の建物の前で別れ、一人帰り道を歩く。

僕は頭の中で情報を確認しながら足を動かす。

ただ一番、驚いたのがナノブレイクを起こした南雲博士の親族がでてくるとは思わなかった。

それに《ダスト》が親族を向かいいれていることにも驚いた。

真面目な話、《ダスト》はそういうのは排除するイメージだったし、もっと冷たいもんだと考えていた。

だから南雲博士の親族が出てきたことに驚いていた。

確かに南雲博士の親族がいればナノマシンに関することも少しはわかるのだろう。

現にこうして成果も出ているわけであって。反論する人とかいたのだろうか?

よく考えてみれば終わったことなのだから気にする必要はない。

考えるべきはこれから起こることだろう。

僕に予知能力などという第六感と呼ばれるものはない。

ただ僕が目にしたあの若い男が何者なのか?本当に南雲理恵博士がいうように彼女の父でナノブレイクを起こした人物なのだろうか?それにあの男がまた現れたとしたら何が目的なのだろうか?

むやみやたらに現れているわけではないはずだ。

しかし、今、頭の中で考えても答えはでない。

男の動向は《ダスト》の情報班にまかせよう。

僕はそう思い、考えるのをやめ、携帯音楽プレーヤーを取り出した。

イヤホンを耳に当て、再生ボタンを押す。

エイトビートの曲が流れはじめ、僕は音に足をあわすように歩く。

これから一体、どうなるのだろうか?

僕はその疑問を抱きつつ、これからおこる苦悩を考えないようにしていた。

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