第12話

「なんかさぁ、面白い話ないの?」

湿気を含んでじっとりとした汗をかく暑さのなか稲葉葉子は突然、言い出した。

「えっ?」

僕は思わず聞き返す。

彼女は日陰で涼みながらタバコを一服。

今は昼休みのまっただ中。

誰もこない屋上に僕と稲葉二人。

僕といえば太陽光の熱で暖められたコンクリートの上に寝そべっていた。

「だからぁ、面白い話だって」

結構、無茶苦茶なこと言ってないか。

「いきなり言われても反応に困るよ」

「だってアンタ、さっきから黙りっぱなしだし、つまんないよ」

稲葉は不満を隠そうともせず言った。

「黙っているのが僕の取り柄なんだけどな」

「本当かよ。アンタみたいに自分で寡黙っていうやつほどお喋りかも。意外と授業中に喋ってて先生に怒られてたりしてね」

「そ、そうかな?」

僕はしどろもどろになった。

「そういう稲葉だって授業中に喋っていそうな感じだぜ」

「見た目で判断すんなよ。アタシは授業中、静かなんだよ」

自慢気に彼女は言う。

「本当かよ?」

「まぁ、寝てるだけだけどね」

「ダメじゃん!」

「いいんだよ、私は。教師に迷惑かけてるよりマシじゃない?」

「正論のように聞こえるけど正論じゃない」

「やっぱりアンタって細かいよね」

稲葉はめんどくさそうにタバコをくわえた。しかし、見た目は怖いが話すと面白い奴だなとつくづく思う。

ふとそこから同年代の彼女は何を考えて生きているのだろうと疑問が浮かぶときがある。僕は彼女に質問してみたいと行動しようとするがなかなか実行できずにいる。

「ねぇ、アンタさ。藤牧昇って生徒知ってる?」

フジマキノボル?

聞いたことがない。

「悪いけど、知らないな」

「そっか。ならいいんだけど」

「その生徒がどうしたんだ?」

「んー、大したことじゃないんだけど」

稲葉はもったいぶったような言い方をする。

「大したことじゃないなら、教えてくれてもいいだろ」

僕は食い下がってみた。

「んー」

稲葉は話すのを躊躇うように唸ったがすぐに煙草を加え、一口吸うと話し始めた。

「アタシの知り合いで電気科の竹内っていう奴がいてさ、ソイツが藤牧昇って生徒をいびってんのよ」

「簡単にいえばいじめのような感じか?」

「いじめにはいるのかわからないけれど近いことをしてる。見てていいものじゃないじゃん。だから竹内に辞めろって言ってるんだけど聞かなくてさ」

「ふーん」

学校、人間がいる場所ならどこにでも起きること。

力を持ってると過信してるやつが弱いとみなした奴を叩く、糾弾する。

稲葉のいうようにあまり気持ちのいい話ではない。

「でさ、アンタに頼みがあるんだけど」

「頼み?」

なんだか危険な匂いがする感じだ。

「そう構えんなって。そのフジマキって奴はアンタと同じクラスなんだよ」

「へぇ……」

「でさ直接関わらなくていいから、フジマキノボルがどんな感じか見てきてもらいたいんだけど?」

「……。わかった」

「サンキュー。助かるわ」

稲葉はそう言うとタバコをくわえ、どこか遠くをみた。

僕はそんな彼女の表情をみながら面倒なことを頼まれたなと少し思った。

このまま厄介ごとに巻き込まれなければいいなと願うばかりだ。

ただこの件が後々に響くことはこの時の僕には予想もしなかった。

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