第38話

南雲博士が病室を訪れてから僕の見舞いにくる人間は限られた。

それでもイリスが来てくれたことは嬉しかった。

なんとか暗い気持ちに沈むことなく療養し、リハビリに専念、出来たことは幸いだった。

ナノマシンと気持ちのおかげか、退院まで一ヶ月とかからなかった。

ただやはり気になることは起きていた。

他の国で”ノー・ネーム”の出現が頻繁に発生し、〈ダスト〉の総司令長官は〈ダスト

〉の総力を上げ、〈リザーブ〉である訓練兵に関しても戦闘、もしくは後方支援としてかり出すと宣言した。

〈ダスト〉にも人員が足りない部分もあるからしょうがないとこの歳で社会の厳しさを実感した。

そんなことを考えながら僕は、数週間ぶりに登校した。

気にはしないものの、クラスメイトからは死んだと思われていたのを小耳にはさんだ。

”ノー・ネーム”に襲われたという噂にはなっていたが、嘘と事実がごちゃ混ぜになっていた。

「えーと、アンタ、幽霊じゃないよね?」

久し振りに屋上に行くと、稲葉がタバコを吸いながら僕を見て言った。

「勝手に殺さないでくれよ。ちゃんと透けてないだろ」

「そこ、足があるとかって言わないの?」

稲葉は紫煙をはき出しながらいった。

「いや、わからない」

「わたしもわかんない」

そう言って、稲葉は砕けた笑顔をみせる。

僕はそれにつられて笑ってしまう。

「けど、アンタ、どうしてたの? 久し振りすぎて、本当に死んだかと思ってたよ」

稲葉は屋上のフェンス近くに腰をかけながらいった。

「なんだっけ、”ノー・ネーム”? 喰われたんじゃないかって知り合いも、噂してたからさ」

僕はにが笑いをした。

「半分、あたりで半分違うよ」

クラスのヤツは言いたい放題だなと僕は内心でぼやいた。

「でも元気そうでなによりじゃん」

稲葉はタバコをふかし、笑った。

僕は鼻から息を吹き出すと思わず笑ってしまった。

なぜか彼女といると笑ってしまう。

僕は変な感覚だと思った。

「ちなみに稲葉は講義に出る以外、なにしてるんだ?」

僕は気になり、稲葉に問いかけた。

「どうしたん、いきなり人のプライベートなんてきいて」

稲葉はタバコを片手で持ちながら、驚いたような顔をした。

「いや、別に変わったことはないよ。ただ気になっただけというか。ほら、僕は稲葉とここでしか会わないからさ」

僕は校内で彼女と会ったことがない。

チャイムがなれば多分、教室に戻るとおもうのだが、彼女が素直にそうしているのを予想がつかない。

「何、それ。なんかいやらしい」

「い、いや、なんでいやらしいんだよ? ただ興味があって聞いただけだぞ」

僕は困惑してしまい、声がうわずってしまった。

「冗談だよ。冗談」

稲葉はニヤリと笑いながら、タバコをくわえ、紫煙をはき出した。

「アタシの生活の行動範囲なんて狭いし、それに、久し振りにそういうこと聞かれたかも」

「えっ……?」

突然、稲葉が寂しそうな顔をし、僕は驚いてしまった。

「ほら、世間とかこんな感じじゃん。 えーとほら、”ノー・ネーム”とかのせいで仲良かったヤツもいなくなっちゃったしさ」

僕はその言葉をきいて、言葉に詰まってしまった。

「それにアタシ、こんなんだから興味をもって接して来るヤツってすくないし」

稲葉は煙草を口に加えて紫煙をはき出す。

紫煙が、空に消える。

「……」

僕はただ黙って彼女の顔を見る。

「アンタとはあんまりプライベートな話をしたことがなかったね」

稲葉は今までに見たことがない表情ではにかんだ。

「確かに……ね」

僕はただ短く応えることしか出来ない。

「でもさ、アンタとこうやって話せるだけでも退屈しのぎになるじゃん」

稲葉は笑った。

僕はただ拳を握り、口を開いた。

「そうだね……」

僕が暗く応えていると、稲葉ははぁと溜息をつき、言った。

「何、暗い顔してんの? うざいよ、そういうの。 こういう話は無しなし」

稲葉は手を横に振って、ここで終わりと言った。

「そうだね。 稲葉の言うとおりだ」

「そうそう。暗い話は無し」

稲葉はそう言って笑う。

強いなと思った。

僕はただ上を向いて、溜息をつくしかなかった。

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