第39話
稲葉が何を考えているのかなんて考えたことがなかったと反省を頭の中で反芻しながら、講義中もボッとしていた。
放課後、帰ろうかと思っていた矢先、携帯端末に地獄からの呼び出しがかかる。
支給された端末では何かしらあったときのために、バイブレーション機能ははずされ、完全に、着信音が鳴るようになっていた。
僕は取り出して嫌な思いになるがとりあえずでる。
「はい、黒田です」
『緊急招集だ。三十分後に支部の会議室に』
電話の向こうの人間は増原教官の声だった。
聞きたくなかったと思いながら、返答した。
「わかりました」
『そこに車を向かわせている、閂訓練兵と共に乗車し、向かうように』
増原教官は愛想のない声で言うと、有無を言わせぬまま通話を切った。
いつもこんな調子のため、気にはあんまり、していない。
僕は端末をしまい、上履きから靴に履きかえた。
校舎のそとに出るとイリスが立っていた。
僕はイリスと目を合わせる。
彼女はそれに応じるように無言で頷いた。
すでに門の近くで車が待機していたのが視界に見えて僕は短く息を吸い込んだ。
正直なところもう少しの間、休んでいたかったが、すぐに引き戻されてしまうのがおちだ。
僕は緊急招集がかかり支部に顔を出すことになった。
やはり久し振りで緊迫感が半端ないがそれはそれ。
僕はなんで緊急招集がかかったのか気になっていた。
理由は簡単だった。
南雲、ヤツが動き出していたからだった。
道理で呼ばれたわけだよ畜生と僕は思ったが、集中することにした。
増原教官が、会議室にいる人間すべてにむけて口をひらいた。
「今回、総司令が宣言したように事態は緊迫している。それだけでなく、ターゲットは何かをおこそうとしている動きがある」
増原教官と目が合う。
全員に言ってはいるが、僕にいっているように聞こえた。
分かってるよと僕は内心、毒づきながら淡淡と話を聞き続ける。
「ターゲットはこの”ノー・ネーム”が動くにつれて、必ず行動に移す可能性は消えない」
増原教官はそう発言すると拡張現実を共有するリモコンを手にし、ボタンを押した。
多分、全員の目の前に映像が流れている。
目の前の他の人間には見えないスクリーン越しに南雲の姿を見た。
「これは数時間前に撮られた映像だ。 数時間前、ヤツがこの国に居ることが分かった。諸君を呼んだのはこの件についてだ」
増原教官は、全員を見て言った。
僕は空中に浮かぶスクリーンを見ながら、標的の顔を睨んだ。
「南雲……」
僕は誰にも聞こえないように呟いた。
恨みなどはない。
しかし、彼がやったことに関しては絶対に許すことはできない。
それに南雲博士と約束をした。
彼を殺すということを。
僕の”ノーネーム”に噛まれたふくらはぎの部分がうずくように痛みを感じていた。
「彼はこの国のどこかに現れる。その際、”ノー・ネーム”も同じように活発になる。 彼は無関係とは言いがたい。 これは全ての支部、《ダスト》の全隊員の敵になる。総司令も彼に対しての殺害命令を出している。ここにいる全員も共通して言えることだ」
増原教官は全員を見ていたが、こちらを含んでいるかのように思えた。
「そしてここに居る中の数人はこの殺害対象と接触している。中には襲われた隊員もいる。生半可な気持ちでは倒せない相手ではある。全員、こころしてかかるように!」
増原教官が、叫ぶようにいうと、全員が敬礼をした。
もちろん僕もだ。
けれど、ぼくは目の前に映った南雲の姿だけをみつめていた。
ブリーフィングが終わり、僕は席を立ち帰ろうとした。
「黒田訓練兵」
前の方から僕を呼ぶ声。
嫌な地獄からの声だと思いながら、荷物を席に置き、声の主の方に、向いた。
ふり向くと増原教官はこちらを向き、手を逆さにして手招きをしていた。
僕は内心、嫌だなと思いつつ、きびきびとした動きで教官に近づく。
なぜ呼ばれたのかはわからないが、取りあえず、しっかりと敬礼する。
増原教官は相変わらずの仏頂面で僕を見ていた。
僕は敬礼をしながら、真っ直ぐみる。
速く何か言ってくれよと思いながら、敬礼を続ける。
「休め」
僕は教官に言われたとおりにその場で、腰に手をあてて、肩幅に足を開く。
「君を呼んだのを他でもない。病み上がりだが君には完全に殺害対象、または”ノー・ネーム”の対応をして貰う」
増原教官は顔色かえずにいう。
僕は内心で知ってるよと毒づきながら、口を開いた。
「わかりました」
「優先事項は、南雲だ。見つけた際には報告、そして躊躇なく、攻撃をしても構わない」
増原教官が怖い顔でいう。
僕はただジッと、かたまり真っ直ぐをみていた。
そんなことは言われなくてもやるつもりだ。
「回復後にトレーニングを行っていることは知っている。君はすぐに実戦に戻ることができる」
正直なところもどりたくない。
けれどそれは我慢する。
戻りたくないと思う度に、南雲の顔が浮かび、苛つくからだ。
僕は拳を握り、ただ前を見る。
「〈チルドレン〉としての期間はそろそろ終わりになる。 一層期待している」
「ありがとうございます」
「以上だ」
それだけの為に呼んだのかよとおもいつつ、僕は増原教官に敬礼をして、回れ右をした。
その場を離れたくて、鞄を持ち、動こうとしたときだった。
「黒田訓練兵」
もう一度、増原教官に呼び止められる。
いい加減にしてくれよ。
帰れないじゃないか。
僕は心にその言葉をしまいつつ、増原教官の方を向く。
「何でしょう?」
増原教官は後ろに組んでいた手の片方をあっげると、僕にむけて一指し指を揺らしながらこちらに向けた。
「忠告だ。 あまり力みすぎるな」
そういうと増原教官は口角を少しだけ上げた。「は、はい……」
僕はよくわからず、返事をした。
増原教官は敬礼をすると踵を返し、部屋から出て行った。
僕は呆然とし、彼の後ろ姿を見ていた。
「笑ったよ……」
僕はそう呟き、その場にたたずんでしまった。
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