第32話

「きゃああああああ」

痛みもありつつ、僕は声がした方向をむいた。

視線の先、数十メートル離れた場所にはなぜか民間人がたっていた。

そしてその前には先ほど僕の足にかみついた奴に似た“ノーネーム”が立っていた。

夜間は基本外出は控えろと言われている。

それなのになぜ……。

僕の前で“ノーネーム”が人を襲おうとしている。

「さぁ、ルールを破り、自ら犠牲になろうとしている人間がいる。君はどうする」

南雲は首をかしげながら、僕に乗せていた足の力を抜いた。

僕は南雲を気に掛けることなく、身体を起こし、民間人を襲うとしている“ノーネーム”に向かい、走った。

しかし、走りかけた瞬間、かまれたところに痛みが走り、力が抜けて、こけそうになる。

けれどそんな痛みにかまっている場合ではない。

僕は“ノー・ネーム”に向けて走った。

けれど速さが足りない。

かまれた足の傷は深く、走るのに、支障をきたす。

目の前の“ノー・ネーム”は民間人に向けて腕を振り上げた。

僕は走りながら、叫んだ。

「逃げろ!」

「いやぁぁっぁぁぁ」

僕の叫びとともに、民間人も叫んだ。

叫び声で僕の声が消され、“ノー・ネーム”が無情にも、手を振り下ろす。

グシャっという音とともに、民間人の顔に爪が刺さる。

目の部分を引き裂かれ、目玉が垂れる。

痛みと恐怖で民間人は叫ぶ。

「やめてぇぇぇ」

僕は走った。

やめてくれとただ“ノー・ネーム”に心から願った。

しかしそんなものはごみでしかない。

僕の期待を裏切るとともに、“ノー・ネーム”は民間人の首元に勢いよくかみついた。

そのまま頸動脈の部分を噛みついた。

「やぁぁぁぁぁ」

民間人が叫ぶ。

僕は“ノー・ネーム”の後ろまでたどり着き、動きを止めようと羽交い絞めにする。

しかし、“ノー・ネーム”の力は細身の姿からは想像もできないほどの力だった。

“ノー・ネーム”は民間人にかみついたまま、身体を左右に勢いよく揺らす。

僕は羽交い絞めを必死でしていたが、振り落とされる。

“ノー・ネーム”はさらに民間人に強くかみつくと同時に、鋭い爪を身体に突き立ててる。

すでに民間人は息絶えたのか、腕をだらんとさせて、“ノー・ネーム”の腕に抱かれるような形になる。

「…………」

僕はただ身体を起こし、その姿をへたり込んでみていることしかできない。

“ノー・ネーム”は吸血鬼のように血をすすりながら、こちらをみる。

その眼窩は黒く何もない。

目がないのにこちらを確かに見ている。

民間人の死体を噛んだまま、こちらに身体を向け、進んでくる。

僕は後ずさりをし、できるだけ離れようとした。

「失敗したか。 さぁ、今度は君の番だ。 ここで君は死ぬのかな?」

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