第5話 嫌なんだよな
人は思考する生き物だという。
脳には大脳皮質と呼ばれる特殊な神経細胞の集まった組織があって、なんでもそいつがいろいろと考えるらしい。
必要な物事だけを考えればいいものを必要でない物事を考えるこの性質をどうにかできないだろうか。
世間じゃ、そいつを集中してないと見なすんだろうけど正直、必要なことだけを考えられるのであれば最初からそういう構造にして欲しい。
人間とは悲しきかな。
「黒田訓練兵」
ふと自分を呼ぶ声が聞こえる。
僕は顔を上げる。
「黒田訓練兵」
もう一度、僕を呼ぶ声。
二度も言わなくてもわかってるよ。
そう思いつつ、返事をする。
「はい」
視界に飛び込んでくるのは作戦を解説する為のパネルと増原教官の厳つい顔だった。
「何をボッとしている?作戦内容は分かったか?」
「海岸周辺に建てられた倉庫に到着後、三班に別れ、出現した“ノーネム”の掃討。掃討終了次第、“ノーネム”の肉片をサンプルとして回収ですよね?」
簡単な話、殺して首持ち帰りますみたいなことだろう。
「そうだ。わかっているなら気を引き締めろ。前日の作戦のときに言った筈だ」
「そうでした。注意力が足りませんでした」僕は正直、適当に答えた。
すると増原教官は他の作戦に従事する兵士の合間をぬいこちらに近づいてくる。
な、なんだとビビりながら僕は身構える。
増原教官は僕の前に立つといきなり頭を掴み、顔を鼻の先まで近づけてきた。
「いいか、黒田訓練兵。この場にいる《チルドレン》は貴様と閂イリスのみだ。言っている意味がわかるな。なぜ貴様が訓練兵なのに実戦に投入さているのか考えろ」
「き、気を付けます」
か、顔が近いし、暑苦しい。
増原教官は僕の頭を離すと前へと戻っていった。
「いいか。作戦開始時には各隊員、生態モニターと拡張現実の展開を忘れるな。今から十五分後、再集合だ。以上」
増原教官がそう告げると各隊員は席を立ち、蜘蛛の子が散らばるようにバラバラになる。僕は座ったまま、その光景を見ていた。
ふと首筋に視線を感じ振り向くと閂イリスが僕の後ろに座っていた。
イリスはただ無表情で僕を見つめている。
うわっ、怒られた所見られたし、イリスの無表情で気まずい空気になる。
「よぉ…………」
僕は苦笑いを浮かべながらイリスに挨拶した。
「……………………」
えーと、シカトですか。
さらに気まずい雰囲気になっちゃうじゃん。僕はそう思いつつもイリスの顔を見る。
彼女の顔を見ながら少しだけ増原教官に言われたことを気にかけている。
僕と閂イリスは“リザーブ”で《ダスト》の訓練兵だ。
僕ら《ダスト》の訓練兵や兵士は“リザーブ”でありその中でも特殊な部類に入る。
兵士は身体に残留した活性型ナノマシンによって運動機能が上昇している。
《ダスト》は兵士を《オプション》と呼び、訓練兵は《チルドレン》と呼んでいた。
他にも《チルドレン》と呼ばれる訓練兵はいるが実戦に参加しているのは僕とイリスの二人だけだった。
僕らは訓練兵の中でも成績優秀なほうで、それに目をつけたお偉いさん達は訓練と称して僕らを実戦へと投入した。
簡単な話、足りない兵士の補充でしかない。僕はそれに嫌気が指していた部分がある。
増原教官は責任を持てと口にするがはっきり言って持つことができない。
元来、僕は争いが好きではない。
喧嘩なんて真っ平だし、痛いのは嫌いだ。
それに人間関係のイザコザも。
正直、“ノーネム”から守る必要のない世界なんじゃないかなと考える時がある。
ある意味、“ノーネム”より人間の方がいらないのかもしれない。
そんなこの場に似つかわしくないやる気のなさを頭に浮かべイリスをみる。
いつの間にか僕は無表情でイリスの顔を見つめていた。
イリスは僕の目をジッと見つめるとポツリと言った。
「時間……」
「………………。そうだね」
僕は席から立ち上がった。
少しばかりの憂うつと現実感のない現実を抱きながらロッカーへと向かった。
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