第28話

入った途端、香ばしい匂いが鼻をつきぬける。

僕はその匂いを感じながらこの店がなんの店か理解した。

喫茶店というやつだ。

ナノブレイク以前はコーヒーショップと呼ばれる店が多く存在していたのを資料や《ダスト》に関連する人から聞いていたし、いまでもそれに近い物があり、一度だけ利用したことがある。

けれど喫茶店と呼ばれる個人で経営している店はほとんどなくなったと聞いていた。

実際に目にするのは初めてだ。

僕が驚いているとイリスは僕の顔を見て笑った。

「席、座ろうか?」

「そ、そうだね」

僕とイリスは店の一番、奥の端の席に座った。

席に置いてあるメニュー表を手にとり眺めてみる。

カタカナ表記が多く、訳がわからない名前が続く。

やべぇ、わかんねぇ。

焦っている僕は救いを求めるかのようにイリスの顔を見る。

彼女は涼しい顔をして見ていた。

視線に気が付いたイリスが顔をあげ僕をみる。

「決まった?」

「い、一応……」

やべぇ、焦りすぎてどうにもならない。

僕は表情を崩さないようにしながらつくろう。

僕は何を焦ってるんだか……。

イリスは店員を呼ぶ。

すると眼鏡をかけた白髪の初老の男性が注文をとりにきた。

マスターと呼ばれる人だ。

イリスはメニューの一番下にある名前を言った。

彼女になにがいいか聞かなかった僕は一番、上にかかれた物を注文した。

初老のマスターは店のカウンターに下がるとコーヒーをつくり始めた。

僕は店内を見回す。

店内は木で出来た柱やなんとも言えないガラスでできたカバーがついた照明が天井からつりさがる。

照明は優しい茶色の光を放ち、薄暗い店内をぼんやりと照らす。

薄暗いが落ち着くような雰囲気だ。

最近のホログラムではこんな雰囲気はだせない。

ふと僕はイリスに視線をやる。

イリスは拡張現実のニュースを見ているのだろうか、ぼんやりと宙をみていた。

僕は黙り、拡張現実を開いて、授業の復習をしはじめた。

「…………」

「…………」

僕とイリス、お互いに数分間、沈黙が続く。き、気まずい。

僕がそう思い、焦っていると初老のマスターがコーヒーを運んできた。

木で出来たテーブルに皿に乗ったコーヒーカップが置かれた。

コーヒーカップの中には黒い液体。

液体の表面は光を反射させ、置かれた振動で波紋をつくる。

湯気が立ち上り、店に入ってきたときと違う香りが鼻をくすぐる。

イリスはカップを手にとり口へと運んでいく。僕も同じようにカップをとり口元へと運び、一口すすった。酸味と苦味が口に広がる。だけど嫌な味ではない。

気が付けば胃の痛みも忘れていた。

不思議と落ち着く味だ。

舌には自信がないが、これは今までに飲んだものとは違うように思えた。

ブラックコーヒーは苦手だけれどこのコーヒーなら何杯もいけそうな気がする。

ふと視線をあげるとイリスが此方をじっと見ていた。「…………どうした?」

僕は不思議に思い、質問した。

するとイリスは微笑を浮かべた。

「いつものクロだなと思って」

「何か変わった感じしてたかな?」

「だって最近、クロ元気なかったから」

「そ、そうかな?」

「フジマキノボルの件からずっと元気なさそうにしてたから」

イリスは僕の目を真剣に見つめる。

僕はドキッとした。

「バレないようにいろいろとしていたけど意外とバレちゃうんだな」

僕は苦笑いをした。

「バレるも何もクロ、直ぐに顔に出てたよ」イリスはサラリと言った。

「えっ……、本当に?」

「うん、本当……」

バレてないと思っていたがあっさりと否定されると悲しいものがあるなと思った。

「だから私は心配になってた」

彼女は無表情に近いが真剣な顔をしていることに気が付いた。

「クロ、フジマキの件の後、大分、暗い顔してた。でもちゃんと笑う顔をみて安心した」イリスは淡々と言った。

「そっか……。変な心配かけちゃったんだな……。心配してくれてありがとう」

僕は本心から彼女に伝えた。

「ううん。元気ならよかった」

彼女はそう言って笑った。

「バディを組んでから、時間もたったし、ちゃんと話したことなかったきがする」

彼女は手元のコーヒーを見ながら言った。

イリスは無表情のように見えつつも、ちゃんと表情がある子だと僕は気が付かなった。

僕は自分がかなりの節穴だと気がついた。

僕は自分のことで手一杯だったし、フジマキノボルのことで頭がいっぱいだった。

しかし、イリスはそんな僕を気遣っていてくれたとは驚きだった。

僕はどれだけ周りをみていなかったのかと気が付かされる。

僕は静かに答えた。

「確かにね。 話したことがなかったことがなかった」

「クロ。笑った」

「えっ……?」

僕はコーヒーカップを持ちながらイリスの顔をみた。

彼女はショートの髪をかき上げ、僕を見つめる。

間抜けな声で反応してしまった。

僕は自分のほほを撫でてみた。

「クロは笑っているほうがいい」

イリスは微笑みながら、コーヒーを口にした。

僕はつられて笑ってしまう。

「ありがとう。イリス」

僕は彼女にお礼を言った。

彼女は首を横に振り笑った。

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