第2話 生と死の狭間で
「……ってあれ?」
頬に当たる冷たい石の感触に目を覚ます。
気がつくと、私は真っ白な床に横たわっていた。
ここはどこだろう。
私は処刑されたはずでは――。
そっと頭を起こし、辺りを見回す。
大理石の床に、金の朱雀が彫られた柱。
豪華な作りの室内には、これまた豪華な黒い椅子が一つぽつんと置かれており、他に家具や調度品は一つも無い。
何だろう、この部屋。
こんな場所見たことがない。
ああ、そうか。
昔、亡くなったお祖母様に聞いたことがある。
死者は死んだ後に
「もしかして、ここはその遠現郷なの?」
誰に向けてでももなくそっと呟く。
石壁に吸い込まれて消えると思った言葉。
だけれどその言葉に、思いがけず返事があった。
「そのようなものだ」
「へっ」
私は思わず顔を上げた。
驚いたことに、先ほどまで誰も座っていなかった椅子に若い紅髪の男性が座っている。
嘘でしょう。いつの間に。
私が驚いていると目の前の人物が口を開いた。
「目が覚めたか、明琳」
低い声が空気を震わせる。
私は目の前の男性の顔をじっと見つめた。
歳の頃は二十代前半くらいだろうか。
腰までの長い髪は炎のように真っ赤。
彫刻のように整った鼻と輪郭に、切れ長の紅い瞳。まるでこの世の者じゃないみたいに美しい。
「あなたは……誰?」
私が問うと、赤髪の男性はゆっくりと話し始めた。
「私の名は
その名を聞いて思い出す。
彼とは昔会ったことがあると。
それは私が巫女となるため都に出てくる前のこと。
夢の中に赤い髪の男の人が出てきて、私に「お前は炎巫だ」「巫女になれ」と何度も告げて――それで私は巫女になる決意をしたんだ。
私は下を向き、ぽつりとつぶやいた。
「そう。ここが遠現郷ってことは、私、本当に処刑されて、死んだんだね」
「そうだ」
眉ひとつ動かさず、冷静に答える天翼。
よく分からないけど、私は死んで、ここは死後の世界ということなのね。
そして天翼も、ここの主というからには普通の人間ではないのだろう。
私は固く拳を握りしめると、天翼の顔を見つめた。
「初めまして、天翼。あなたにこうして直接会えて嬉しい。だけど……」
「だけど?」
私は天翼を睨んだ。
「貴方のせいで、私は死んでしまったじゃない。貴方が私に巫女考試を受けろだなんて言わなければ、私は処刑なんてされなかったのに」
目からはらはらと涙がこぼれ落ちる。
「貴方さえ居なければ、私はどこか田舎のそこそこ裕福な家に嫁いでそれなりの人生を歩めたはずだわ」
私が話終えると、天翼は黙って椅子から降り、私の側へと近寄ってきた。
「すまなかった」
天翼は私の傍らに腰掛けると、指でそっと私の涙をぬぐった。
「だが、私は嘘は言っていない。お前は巫女になるべきだし、炎巫になる運命だった」
「じゃあ、どうして私は処刑されたの?」
「何者かによる謀略としか言いようがない」
「そんな」
一体どうして? 誰が何のために私を処刑したっていうの?
下を向いて考え込んでいると、天翼が私の肩に手を置いた。
「大丈夫だ、まだ策はある」
「策って、私、死んでしまったのよ」
私がうつむくと、天翼は私の両肩を掴んた。
真っ赤な両の瞳がじっと私を見つめる。
「な、何」
私が動揺していると、天翼は低い声でこう言った。
「明琳、時間を戻す。お前はもう一度人生をやり直せ」
時間を戻す?
私は頭の中で天翼の言葉を反芻し、恐る恐る聞き返した。
「時間を戻すって、そんな事が可能なの?」
天翼はゆっくりとうなずく。
「ああ。普段ならこんなことは絶対にしないが、国の一大事だからな」
「一大事?」
「ああ。本来、炎巫になるべき者が死に、炎巫なるべきでない者が巫女になった。これは国としても一大事だ。国が滅びる可能性もあるからな」
炎巫には国の行く末を占い、皇帝に助言するという重要な責務がある。
いわば、皇帝と炎巫は二つで一つ。車輪のようなもの。
どちら一つが欠けてもこの国は上手く回らないと言われている。
「
「でも、滅びるだなんてそんな大袈裟な」
「嘘だと思うんなら、見てみればいい」
「へっ?」
天翼が私の額にそっと人差し指を当てる。
瞬間、頭の中に雪崩のように映像が流れ込んできた。
映し出されたのは、相次ぐ地震や火山の噴火、干ばつによって草一つ生えない荒廃した大地。
痩せ細り、飢えや病に苦しむ人々。
「これが、お前が死んだ後の夏南国だ」
「嘘。あんなに豊かな国だったのに」
夏南国は、周辺国に比べても気候が温暖で土壌も肥沃。
農作物や魚がたくさん採れて、豊かな国だった。それなのに――。
「炎巫がおらず、国の舵取りが上手くいって居ないとこうなるのだ」
「そんな」
まさか国がこんな事になるだなんて。
考えたくはないけれど、この様子だと、故郷の町も無事では済まないかもしれない。
私は急に自分の家族が気がかりになってきた。
「そうだ、故郷の両親はどうなったの!? お姉様は無事なの?」
「気になるのなら見せてやろう」
頭に流れこんできたのは、私が処刑された後、飢えや病に倒れる家族の姿だった。
「お父様、お母様、お姉様。こんな酷い目に」
私が炎巫にならずにおめおめと処刑されてしまったばっかりに……。
感情の処理が追いつかず、私がじっと白い床を見つめていると、天翼が私の肩に手を置いた。
「大丈夫だ、お前ならやり直せる」
私は小さく息を吸いこむと、小さくうなずいた。
「うん」
そうだ。何もかもやり直せばいいんだ。
やってやろうじゃないの。
私が全ての運命を変えて、自分自身を、この国を――そして家族を救うんだ。
私は人生をやり直して、炎巫になることを決意した。
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