第4話 巫女人生のやり直し

 馬車が王都・夏京シャジンへと続く大きなあか門をくぐる。


「いよいよ二度目の都ね」


 私は複雑な思いで、人々ひしめく都を見つめた。


『そうだな』


 半透明姿の天翼が、腕組みをしながらぶっきらぼうに返事をした。


 「そうだな」って、そんな他人事みたいに。


 こっちはどうやって人生をやり直すのか必死で考えてるのにさ。


「ねえ天翼、これからどうすれば私は炎巫になれるの」


 私が尋ねると、天翼は首を横に振った。


『分からない。俺にできるのは時間を巻き戻し、再び生まれ直す手伝いをすることだけだ。どうすれば良いかは分からない。それはお前が考える他ない』


「そんなあ」


 私が頼れるのは天翼だけなのに。


 まあ、仕方ないか。

 自分の運命は自分で切り開くしかない。


 私は目の前の埃っぽい街並みに再び視線を戻した。


 生まれ育った田舎と違い、王都は碁盤の目のように区画整備された街だ。


 黄色く焼けた道の両側には飯店や土産物屋、肉屋に魚屋、宿場。


 店がずらりと並んでおり、どこもかしこも人でいっぱい。


 懐かしいな。


 一度目の時は、宴の後の長旅で身も心も疲れきってはいたけど、もっと胸に希望を抱いていたっけ。


 だけど今は――処刑の運命を回避し、家族や国の皆を救わなければという思いに押し潰されそう。


 私はきつく拳を握りしめた。


 どうしよう。ちゃんと上手くできるかな。


 不安が表情に出ていたのか、天翼が私の肩にそっと手をかけた。


『明琳、大丈夫か』


「うん、大丈夫」


 私は慌てて笑顔を作った。


『俺にはどんな手段を取れば炎巫になれるのかは分からない。だが弱音を聞くことぐらいできるから、辛い時は言ってくれ』


 天翼の澄んだ瞳が私の顔を見つめてくる。


 そうだよね。


 天翼って、ぶっきらぼうに見えるけど別に冷たいわけじゃないのよね。


 天翼だって、この国の行く末を心配してるんだから。


「うん。ありがとう、天翼」


 私は勢いよく自分の両頬を叩いた。

 へこたれてなんていられない。


「私、頑張るから」


 と、ここで馬車が停止した。


「お客さん、着きましたよ」


 御者さんが馬車の扉を開けてくれる。


「ありがとうございます」


 私が頭を下げると、御者のおじさんは不思議そうな顔をした。


「あれっ、君一人なの。今誰かと喋っていなかったかい」


 ぎくりと心臓が変な音を立てる。


「き、気のせいじゃないですか。あははは」


 私は笑って誤魔化した。


 横を見ると、もうすでに天翼の姿はなかった。


 もう、いつもいつもどこへ行ってしまうんだか。


「そうかい。この辺道が入り組んでるから気をつけて」


「はい、ありがとうございます」


 御者のおじさんに頭を下げて巫宮ふきゅうへと急ぐ。


 前回は道に迷って巫宮に着くまで時間がかかってしまったけれど、今回は一度来た道なので、迷わずにすぐに巫宮についた。


「少し早く着きすぎたかしら」


 私はきょろきょろと辺りを見回した。


 赤い漆塗りの柱。

 大量の書類を抱え、走り回る人たち。


 ここ巫宮は、巫女たちの住まう宮殿だ。


 巫宮に住まう巫女たちは、ここで主に二つの仕事を行うこととなる。


 一つは、後宮に住まう女性たちや役人相手に占いをしたりすること。


 そしてもう一つは国の疫病や妖魔を払ったり、雨乞いをしたりすること。


 そんな巫女たちのでも炎巫えんふと呼ばれる最高位の巫女だけが許されている業務がある。


 それが、国の政治に関する占いをして国を動かす官僚や役人、時には皇帝陛下に助言をすること。


 つまり炎巫になれば国を動かせる。


 皇帝と同じくらい重要な役職とも言えるのだ。


「はあ」


 いくら人生二回目だからといって、そう簡単に炎巫になれるものなのだろうか。


 私が不安に思っていると、臙脂えんじ色の服を着た官吏かんりがやってきた。


「新しく来た巫女のかたですね。こちらへどうぞ」


 官吏に声をかけられ、はっと顔を上げる。


「はい。ありがとうございます」


 官吏に促され、巫宮の奥へと進む。


 そうだったわ。

 巫宮に来たからには、まずは巫長に挨拶しないと。


 行き先は、巫宮の一番奥。

 巫女たちを束ねるおさの部屋だ。


「こんにちは。遠いところから遥々よくいらっしゃいました」


 水色の巫女服を着た、黒髪の中年女性に出迎えられる。


 この方が巫長ふちょう。ここ巫宮の責任者で、ここでは一番偉い人。


 この人の元で、全国各地から集められた炎巫候補生たちは、ここで巫女生活を送ることになる。


 炎巫の任期は、皇帝陛下が即位してから亡くなるまで。


 本来ならば、新しい炎巫は前の炎巫の指名で決定するのだけれど、今回は、前の炎巫が次の炎巫を指名しないまま亡くなった。


 そこで国中から条件に合う巫女候補が集められ、最終的に誰が巫女になるかは、ここにいる巫長の占いに委ねられることとなったのだ。


 前回は私は炎巫に選ばれなかったけれど、今回こそは絶対に炎巫に選んでもらわないと。


「こんにちは。紅明琳です。これからよろしくお願いいたします」


 私が頭を下げると、巫長は顔を上げ、にこりと笑った。


「業務は明日から教えますので、今日はゆっくり休んで荷物の整理等して下さいね」


「はい、ありがとうございます」


 いよいよ二度目の巫女人生の始まりだ。


 前回は遅刻をしちゃったから巫長の印象も悪かったかもしれないけど、今回は遅れてないから、悪印象は与えていないはず。


 挨拶も別に変ではなかったはずだし、後は考試で好成績を収めて、巫長の印象を上げておけば完璧ね。


 巫長に挨拶を済ませたあと、私は官吏に案内され自分の居室へと向かった。


 とりあえずの目標は考試で一番になること。


 その為には、勉学に全力を注ぐしかない。


 私は自分の寝台に荷物を置くと、薄暗い部屋の中を見渡した。


 部屋には寝台が二つと机が二つ。お風呂や厠所は共同だ。


 私は荷物を慣れた位置に収めると、巫宮の奥にある図書房へと向かった。


 ここには、この国の歴史を記した書物や巫術、占星術、植物学や鉱物学まで、ありとあらゆる国中の書物が収められている。


 その上、宮廷に仕える人間であればそれが全て無料で借りられるの。もちろん巫女もその対象。


「よしっ」


 前回の生では、図書房を知ったのはここに来てからだいぶ経った後だった。


 その時はなんで早く知らなかったんだろうって後悔したけど、今回は一日目から徹底的に利用してやろう。


 前回は失敗してしまったけれど、今回は猛勉強をして実力をつけ、何がなんでも炎巫にならなくちゃ。



 

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