第5話 赤いおさげの少女
「よいしょっと。少し借りすぎたかしら」
私が持てるだけの書物を手に図書房から戻ると、部屋の前に一人の小柄な少女の姿が見えた。
部屋の前を自信なさげに往復する赤いおさげ髪。
クリクリとした丸い目が可愛いあの子は――。
「こんにちは。もしかして、同室のかたですか?」
私が声をかけると、おさげの少女は小さな肩を小鹿のように震わせ、振り返った。
「あの、私、
梅梅は私より一つ歳下の十六歳。
一度目の人生でも私と同じ部屋だったんだよね。
「私は紅明琳。梅梅……さんとは同じ部屋なの。よろしくね」
「は、はいっ。よろしくお願いします!」
梅梅はおさげ髪をふるわせ、ぴょこんと頭を下げた。
胸になんとも言えない感情がこみ上げてくる。
うわあ、この感じ、懐かしいなあ。
炎巫候補生になる条件は三つ。
一、十代の少女であること。
二、髪が赤いこと。
三、
私を含め、この三つの条件に当てはまる十六人の少女が炎巫候補として宮殿に呼ばれ、考試を受けることになるのだけれど、梅梅もそのうちの一人。
梅梅は前回、一度目の試験で脱落していなくなってしまうけれど、それまでは二人でこの部屋で暮らしていたんだよね。
一度目は人見知りをして中々声をかけられず、仲良くなるのに時間がかかったけど、今回はもっと仲良くなりたいな。
「よいしょ」
私が勢いよく机に書物を置くと、梅梅は目を丸くした。
「それどうしたの?」
私は悪いことをしたわけでもないのに早口になって説明した。
「ああ。これ図書房から借りてきたの。ほら、私、田舎から出てきたし、他の人より勉強しないと追いつけないと思って」
「ええっ、すごいです!」
感動したような目で私を見る梅梅。
「すごいです、明琳。意識が高いのですね! 私なんて、親に言われるがまま、流されるようにここに来たのに。尊敬します!」
何だか尊敬の眼差しで見られてる。
弱ったな。別に私はそんなに凄くないのに。
私だって、一度目の人生の時は特に目的もなくここに来てたし、むしろそういう人の方が大多数だと思うけれど。
「別に大したことないよ」
私は苦笑いをして机に向かうと、占星術の本を開いた。
そう、私はただ救いたいだけ。
自分の命を、この国の行く末を。そして――家族の人生を。
そして巫宮に入ったその日から、私の猛勉強が始まった。
巫女の選考期間は半年で、その間に考試は二度行われる。
巫宮に入ってから
そのさらに
炎巫は巫長の占いで決定されるから、必ずしも成績上位者とも限らないけど、勉強しておくに越したことはない。
私が再び机に向かおうとした時、梅梅の声がした。
「んーっ、取れないですっ」
その時、前回の人生での光景が急に頭に蘇ってきた。
そう言えば前回は、部屋で荷物を整理している時に地震が起こったんだっけ。
地震の影響で、棚の荷物を取ろうとした梅梅は、倒れてきた棚に手を挟まれて捻挫してしまう。
そうだ、思い出した。
手の怪我のせいで、梅梅は勉学にも少し遅れを取って、最初の考試にも落ちてしまうんだった。
私が慌てて梅梅のほうを振り返ると、ぐらぐらと地面が揺れた。
地震だ!
目の前の棚がゆっくりとこちらへ倒れてくる。
「危ないっ」
私は慌てて梅梅を抱きつくと、そのまま横に転がった。
先程まで梅梅がいた場所に棚が倒れてきて、大きな音を立てる。
私と梅梅はというと、盛大な音を立てて床に転がったけれど大した怪我は無かった。
「痛たたたた」
私はずきずきと痛むお尻を押えた。
どうやら尻餅をついたみたい。
でも、その他には私も梅梅も大きな怪我はなさそう。
「明琳、大丈夫ですか」
梅梅が慌てて身を起こし、私の顔を心配そうに覗きこんでくる。
「ええ、大したことないわ。梅梅は?」
尋ねると、梅梅は小さく首を振った。
「私も平気。ありがとう、助かったわ」
梅梅が頭を下げる。
「いえいえ、どういたしまして」
私はほっと胸を撫で下ろし、再び机に向かった。
良かった。
どうやら梅梅が怪我をするのを無事に防げたみたい。
この調子で処刑の運命も回避して、絶対に炎巫にならないと。
「あなたたち、何をどたばたと騒いでいるの」
そこへ部屋の戸が開き、一人の少女が入ってきた。
長い赤髪に色白の肌。切れ長の目には泣きぼくろ。
巫女たちの中でもひときわ背の高いこの美少女の名前は
前回の生の巫女考試で首席を取り、炎巫に選ばれた子だ。
私はごくりとつばを飲み込むと、笑顔を作った。
「ごめんなさい、地震で棚が倒れてきて」
私が答えると、静は小さく舌打ちをした。
「あのねえ、地震なんてこの辺じゃよくあることでしょ。それをそんなにどたばたと騒がないでよね」
「ご、ごめんなさい」
「ふん、これだから田舎者は。私たちとは炎巫候補として選ばれし巫女、そこいらの凡人とは違うのよ。これしきで焦らないでちょうだい」
「ええ、これからは大人しくするわ」
私と梅梅が頭を下げると、静はふんと鼻を鳴らして部屋から去っていった。
「ま、せいぜい気をつけてよね」
わざとらしく大きな音で戸を閉め、去っていく静。
「何あれ、感じ悪いです。棚が倒れてきたのは私たちのせいじゃないのに」
梅梅が口を尖らせる。
「そうね、ちょっときついかも」
私は答えた。
確かに感じは悪いけど――実は静は前回の生では筆記も実技も圧倒的な成績で首席となり、炎巫に選ばれている優秀な巫女なの。
前回は占いの面では静と互角だったけど、座学では静に負けていたから、今回こそは頑張らないと。
私は心に小さな闘志を灯した。
今回こそは、絶対に静に勝ってみせる。
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