第二章 二度目の巫女人生

第3話 二度目の十七歳

 私―― 紅明琳は、下級役人の次女として生まれた。


 役人の娘とは言っても、大陸の南端にある南夏ナンシャ国の、そのさらに南方の小さな港町の生まれ。


 そこまで裕福じゃないけれど、慎ましくも幸せな生活を送っていた。


 「炎巫エンフ候補として巫宮フグウに仕えよ」という宮廷からの文が届くまでは。





「明琳、まだ寝てるの。早く起きてらっしゃい」


 懐かしいお母様の声で目を覚ます。


 あれっ。私、生きてる。


 私はがばりと起き上がった。

 埃っぽい部屋。継ぎ接ぎだらけの布団をじっと見つめる。


 ここは田舎の私の家。


 どういうこと?

 私が巫女として都に渡り、無実の罪で処刑されたのは全て夢だったのだろうか。

 それとも――。


『明琳、大丈夫か?』


 赤い光とともに、半透明の姿の天翼が目の前に現れる。


 その姿を見て、私は全てを思い出した。


 そっか。私、都で処刑されて、炎巫になってこの国と皆を救うために生き返ったんだっけ。


「ええ、大丈夫」


 私は自分の頬を軽く叩くと、鏡で自分の姿を確認した。


 てっきり赤ん坊からやり直すのかと思っていたけれど、どうやら都に出かける前の十七歳の時点に戻ったみたい。


「今度こそ、私は炎巫になるわ」


『頑張るのだぞ』


 天翼とそんな話をしていると、廊下から再びお母様の声がした。


「明琳、まだ寝てるの?」


 そう言っていきなり部屋の戸を開けるお母様。


「わああああっ!」


 どうしよう、部屋に男の人がいるところをお母様に見られたりしたら。


 慌てている私を見て、お母様は不思議そうな顔て首を傾げた。


「どうしたの、大きな声を出して。今日は宴の日よ。早く起きなさい」


「は、はい、今行きます」


 お母様が部屋から出ていくと、天翼は口を開いた。


『大丈夫だ。私の姿は他の人には見えない』


「……何だ。それならそうと、早く言ってよ」


 私は鏡で髪を整えると、慌ててお母様の元へと向かった。


 いよいよ二度目の人生の始まりだ。


「おはよう、明琳」


 少し着飾ったお父様が書類から顔を上げる。うわあ、懐かしい。


「おはようございます、お父様」


 お父様に会うのも久しぶりだわ。


 私が感動していると、奥からお母様が出てくる。


「どうしたの? 今日はあなたが炎巫候補に選ばれたお祝いのうたげの日だって話したでしょ? 早く着替えてらっしゃい」


「お母様」


 柔らかく微笑むお母様。

 手には金の刺繍の入った緑色の晴れ着。


 私の真っ赤な髪に合うようにお母様が徹夜をして縫ってくれたものだ。


 うちはそこまで裕福ではないし、いつもはお下がりのぼろしか着せて貰えないけど、今日だけは特別。


「お父様、お母様」


 胸がいっぱいになり、自然と目から涙がこぼれ落ちる。


「あらあら、どうしたの明琳」


 お母様が抱きしめてくれる。


 柔らかく暖かな温もり。

 懐かしい匂い。

 私はここから離れたくなくなった。


「おいおい、故郷を離れるのが寂しいのは分かるが、王都に行ったら巫女になる厳しい修行があるんだ。そんなことでどうする」


 厳しいことを言うお父様。

 だけれどもその目は、心なしか潤んでいた。


「はい、取り乱してすみません。着替えてきます」


 私は涙をこらえると、祝い装束を手に、自室へと戻った。


 そうだ、これからもっと厳しいことが待っているのだから、これぐらいで泣いていては駄目だ。


 私はぐっと上を向き、天井を見上げた。


 今日は私が炎巫候補に選ばれたお祝いの宴って言っていたわよね。


 ということは、あと二日で王都に行くことになる。


 私は腕組みをして考えた。


 さて、時間が巻き戻って人生のやり直しをすることになったのは良いものの、これからどうしたらいいのだろう。


「そうだ。いっそのこと巫女になるのをやめてこの町に留まれば、私は殺されないんじゃないかしら」


 つぶやくと、天翼が赤い光とともに部屋に現れた。


『だめだ。言っただろう。お前が炎巫にならなければこの国が滅びると。家族がどうなってもいいのか』


「そ、そうでした」

 

 ということは、とりあえず巫宮に行かなくてはいけないことは決定なわけね。


 私がそんなことを考えていると、部屋の外から声をかけられる。


「明琳、ちょっといいかしら?」


「あっ、はい!」


 部屋の外に出ると、長い金髪に青い目。水色の衣服を身にまとった姉、愛琳アイリンがいた。


 姉の愛琳は私より二歳年上の十九歳。


 色黒で赤髪の私と違い、絹糸みたいに美しく煌めく金の髪。


 色白の細面に睫毛の長い大きな目が素敵な町一番の美人なの。


「お姉様、どうしたの?」


「今日は明琳にこれをあげようと思って」


 そう言うと、お姉様は大きな赤い石のついた首飾りを私の首にかけてくれた。


「わあ、綺麗。これどうしたの?」


 わあ、懐かしい。


 そういえばこの首飾り、お姉様に貰ったんだっけ。


 研磨もされていない赤い何かの原石に革紐が付けられただけの簡素な首飾り。


 決して豪華ではないけれど、大好きなお姉様に頂いた一番の宝物。


 前の人生では処刑される前に役人に取り上げられてしまったけど、今回の人生では大切にしないと。


 私が石を指でつまんで懐かしがっていると、お姉様は花のようにふわりと微笑んだ。


「その石はね、あなたが生まれた日に河原で拾ったの」


「えっ、そうなの?」


「ええ。宝物にしようと思ってずっと取っておいたんだけど、赤色だし、あなたの方が似合うと思って。想像通り良く似合うわ。綺麗よ明琳」


 お姉様の美しい笑顔に、胸が苦しくなる。


「お姉様こそ綺麗だわ。それ、新しく仕立てた衣装?」


 私が苦しい気持ちを誤魔化すようにお姉様の装束を指さすと、お姉様は照れたように笑った。


「うふふ、ありがとう。今日は明琳の特別な日だから、お母様に頼んだの」


「そうなんだ。これなら許嫁の健良ジェンリャンも喜ぶんじゃないかしら」


 私が茶化すと、勢いよく後ろの戸が開いた。


「もう喜んでるよ」


 立っていたのは、色黒の肌に黒い髪、体格の良い好男子。


「健良様!」


 お姉様は赤く染まった頬に手を当てた。


「もう、来てたのでしたら言って下さいな」


「ははは、君を喜ばせたくて」


「もう」


 可愛らしく頬を膨らませるお姉様。


 相変わらず、この二人はお似合いだなあ。


 私は思わず頬を緩ませた。


 お姉様の婚約者、ヤン健良ジェンリャンは、隣町の領主の息子。


 よく日に焼けた肌に黒い短髪、白い歯が眩しい美男だ。


 なんでも市場で買い物をしているお姉様をたまたま見つけて求婚したんだとか。


 なんて素敵なんだろう。


 でも――。


 私は天翼の言葉を思い出した。


 私のせいで二人は破談になり、お姉様は大変な苦労をするのよね。


 胸に鈍い痛みが走る。


 お姉様だけじゃない。


 私のせいで、お父様もお母様もみんな苦しむこととなる。みんな私のせいで……。


 きつく拳を握りしめる。


 決めた。くよくよしてなんか居られない。

 私はこれから強く生きるんだ。


 私が炎巫になって家族の――この国の運命を変えるんだ。

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