第29話 反撃開始

 馬車は丸一日かけて隣国に着いた。


「ここで人に会う約束をしている」


 降りたのは、とてもじゃないけど皇帝陛下が泊まるとは思えない安宿だった。


「お待ちしておりました」


 ぼろを身にまとった中年男性が低い声で皇帝陛下に声をかける。


「……こちらのかたは?」


 私の方を怪訝そうな目で見る男性。


「俺の身辺警護について来てもらった。こう見えても巫術の使い手だ」


「そうでしたか。一人でいらっしゃるより目立たず良い手かもしれませんな。さ、こちらへ」


 促されて、私たちは古臭い宿の一室へと通された。


「お待ちしておりました」


 立ち上がって出迎えてくれたのは、長い銀髪の中年男性だった。


 私は挨拶を済ませると、こっそりと皇帝陛下に耳打ちした。


「この方は?」


「冬北国でとある要職についている方だよ」


「なるほど……」


 もしかしてこの人も冬北国の皇帝陛下だったりする?


 ……まさかね。


 護衛もつけずにこんなところに一人で来るわけないよね。


 それから、二人の会話が始まった。


 内容は主に、冬北国で起きている不穏な動きについてだった。


 話によると、冬北国では、寒さが厳しく作物の育たない地域があるという。


 そのため、より多くの年貢を得るため、夏南国に攻め込んで領土を奪いたいという勢力が居るらしい。


「国ごとの領土は神々と神獣が決めたものなのに、人間ごときに変えられると思っているだなんて、愚かな」


 皇帝陛下が呆れたような声を出す。

 その言葉に、銀髪の男性も同意する。


「それが、今どきの若者は本気でそう思っているらしい。神々の存在すら疑っている奴らもいるとか」


「嘆かわしい」


 二人が嘆く。


 まさか、神々が決めた国境を変えようとする人達がいるだなんて、私もびっくり。


 もしそれが実現したら、夏南国だけでなく冬北国まで大きな天罰を受けてしまうに違いない。


 そんなこと、絶対阻止しないと!


 ***


 私が北冬国から戻って数日後、例のごとく一ノ妃襲撃の日がやってきた。


 私は前回よりも早めに雨雨飯店を出ると、一ノ妃が襲われる予定の場所の近くに身を潜めた。


 襲撃の時刻も場所も分かっている。


 今度こそ、襲撃犯を捕まえなくては。


 私が意気込んでいると、ほどなくして一ノ妃様を乗せた馬車がやってきた。


 従者を引き連れ、ゆっくりと馬車を降りる一ノ妃様。


 私がそっと唾を飲みこみ様子をうかがっていると、嫌な気配がした。


 ――大蛇だ!


 森の奥からそろりそろりと身をくねらせやってくる大蛇。


「きゃあああ」


 一ノ妃が悲鳴を上げた。


「一ノ妃様!」


 私は茂みから飛び出すと、口の中で呪文を唱えた。


「炎矢!」


 弱点の首に向かって、最高火力の炎矢を何発も打ちこむ。


「ギャアアアア!」


 大蛇は身をくねらせながら森の奥へと去っていこうとする。


「待ちなさい!」


 私が逃げようとする大蛇を追いかけると、黒い装束を着た謎の人物がコソコソと逃げて行くのが見えた。


「あなたね、一ノ妃様を襲おうとした犯人は!」


 私は謎の人物を追いかけようとしたけれど、思ったより足が早くて中々追いつけそうもない。


 仕方ない。こうなったら――。


 私は素早く呪文を唱えた。


「呪縛印!」


 黒装束の人物の腕に、熊に引っかかれたかのような赤い三つの印が刻まれる。


 この印は私が死ぬまで消えない。


 これで次に会った時に、術者が誰か分かるだろう。


 私が肩で息をしながら一ノ妃様の元へと戻ると、一ノ妃様は真っ青な顔をして私に頭を下げた。


「ありがとうございます。あなたのおかげで助かりました」


「いえ、当然のことをしたまでです。それより、腕に赤い三つの怪我がある人がいたら教えて下さい。その人物があなたを襲撃した犯人です」


「は、はい。分かりました」


 ぽかんとした顔で私を見つめる一ノ妃様。


 良かった。一ノ妃様に怪我はないみたいだし、これで犯人の目星は付けられそう。


 それから私は女官になるための筆記試験と面接を受けた。


「明琳、なにか届いてるよ」


 雨雨飯店のおばちゃんが封を渡してくる。


 緊張しながら開けると――そこには「合格通知」という文字が。


 『貴殿を後宮女官として採用することとする』


 私はホッと胸を撫で下ろした。


 とりあえずこれで前回同様女官にはなれた。


 あとは皇帝陛下と協力して、この国を隣国に売り渡そうとしている人たちを何とかしないと。


 ***


「今日からここで働かせていただきます、紅明琳です。よろしくお願いします」


 私が頭を下げると、女官長は人の良さそうな笑顔で微笑んだ。


「まあ、よろしくね。分からないことがあったらなんでも聞いてね」


「はい、ありがとうございます」


 私は笑顔を作りながらも、前回の人生のことを思い出した。


 まさかあそこで女官長に裏切られるとは思ってもみなかったわ。


 この人のことは信用しないようにしないと。


「彩鈴」


 と、ここで女官長はたまたま部屋を訪れていた彩鈴さんに声をかけた。


「ちょうどいい、こちら新入りの明琳さん。あなたと同室だから色々と教えてあげて」


「はい」


 彩鈴さんは背筋をぴんと伸ばすと私のほうへ向き直った。


「私は彩鈴。分からないことがあったら何でも聞いて」


「はい」


「それにしてもあんた――」


 彩鈴さんが私をつま先から頭の上までじっと見つめた。


「な、何でしょうか?」


 私がびくびくしながら答えると、彩鈴はニヤリと笑った。


「いや、あんたやけに堂々としてるなって。ここに始めてきたとは思えない」


 そりゃ、初めてじゃないからね。


「は……ははは」


 私は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 二人で住み慣れた女官の部屋へと向かう。


 私が荷物を慣れた位置に置くと、彩鈴さんが言った。


「それじゃ、女官の制服に着替えてね」


「はい」


 私が女官服の入った棚を開けると、彩鈴さんは目を丸くした。


「あれっ、私、そこに入ってるって言ったっけ?」


「あ、えーっと、ここにありそうかなって。はは……」


 危ない危ない。


 私は笑って誤魔化すと、小さく呼吸を整えた。


 今回は、周りの人に変に思われないように、なるべく目立たないように行動しないと。

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