第17話 美貌の宦官

 昼ご飯の時間になり、私は祠にお皿を戻すにはどうしたらいいか彩鈴さんに相談してみた。


「あのっ、彩鈴さん、外出許可って、どうやって貰えば良いんでしょうか」


 彩鈴さんは私の問いを聞くなり渋い顔をした。


「外出許可? そんなの出るわけないじゃん」


 ぴしゃりと言い放つ彩鈴さん。


「えっ、そうなんですか?」


 私はさっと顔から血の気が引くのを感じた。


「そうよぉ。女官なんて、基本、一生表には出られない職なのよ。そう簡単に外出許可なんて降りないわ」


 むしゃむしゃとご飯とお漬物を頬張る彩鈴さん。


「えっ、でも、規則では――」


「確かに規則では申請できるって書いてるかもしれないけど、基本的に許可が降りるのは親が死んだ時ぐらいね」


「そ、そうなんですか」


 どうやら女官というのは私が思っていたよりもずっと厳しく、自由のない職らしい。


 でも、それならどうやって瑠璃色のお皿を元あった場所に戻せばいいのだろうか。


「はあ、どうしよう」


 午後。私は何か良い手はないかと考えながら掃除を始めた。


 だけど中々良い考えは浮かばない。


「にゃーん」


 私が悩んでいると、昨日のように、庭に赤毛の猫が見えた。


「よしよし」


 私はこっそり取っておいた昼ご飯の魚の干物を取り出した。


「天翼、天翼、おいで」


 天翼は私のそばにやってくると、美味しそうに干物を食べ始めた。


「よしよし、可愛いなあ、天翼」


 私が天翼を撫でていると、背後から男の人の声がした。


「――へぇ、その猫、天翼って言うの?」


 ギクリとして振り返ると、背後に立っていたのは、艶やかな黒髪を結い上げた、美しい顔をした男の人だった。


 歳は私と同じくらいか少し上かな。

 白く細面のかんばせ、青く美しい瞳。すうっと通った鼻に、形のいい唇。


 天翼もこの世のものではないような美形だけれど、この人も凄く綺麗な顔をしてる。


 紺色の官服だし、後宮にいる男の人ってことは宦官なのだろうか。


 私は彩鈴さんの言葉を思い出す。


 ――幼い頃から去勢されて育てられたせいで女性よりずっと綺麗な宦官もいるっていうし。


 あっ、それってもしかしてこの人のことなのかな。


 私が目の前の宦官に見蕩みとれていると、宦官は少し困ったような顔をした。


「……あのさ」


「へっ!?」


「だから、この猫、天翼っていうのかって聞いてるの」


 呆れたように猫を指さす宦官。


 あ、そっか。猫のこと質問されてたんだった。


「あ、いえ、私が勝手にそう呼んでいるだけです! 何だか知り合いにそっくりなので」


 私は慌てて答えると、猫の背中を撫でた。


「ふぅん」


 宦官はひょいと猫を抱き上げ、猫に頬ずりをする。


「奇遇だね。僕の知り合いにも天翼って名前の子がいるんだ。赤い髪で、ちょっと生意気だけど楽しいやつさ」


 悪戯っぽい顔をする宦官。


 へぇ、あの天翼と同じ名前で似たような人が現実にも存在するんだ。何だか変な感じ。


「よしよし、天翼」


 宦官は猫のあごを撫でたあと、私の顔をじっと見つめた。


「そういえば、君、あまり見た事ない顔だけど新入り?」


「あ、はい。新しく佳蓉様の教育係になりました明琳です!」


 ペコリと頭を下げる。


「へえ、明琳ちゃんか。僕は誠羽せいう。よろしくね」


 誠羽さんは何がそんなにおかしいのか、くすくすと悪戯っぽく笑う。


「はい、よろしくお願いします。誠羽さん」


 誠羽さんは天翼をひとしきり撫でた後、私に向かってこう尋ねた。


「それで、佳蓉様のほうはどうだい。短い間に何人も教育係が辞めてて大変だって聞くけど」


「はい、大変ですけど、原因は分かりましたので大丈夫です」


「それは凄い。一体何が原因なの?」


 私が瑠璃色のお皿のことを話して聞かせると、誠羽さんは興味深そうに両目を見開いた。


「そうだったんだ。なるほどねえ。面白い」


 誠羽さんはひとしきりうなずいた後、「そうだ」と手を叩いた。


「じゃあそのお皿、僕が元あった場所に戻しに行ってあげようか?」


 えっ、宦官って後宮の外に出られるんだ。


「ええっ、良いんですか!? じゃあ……」


 ――言いかけた私だけど、すんでのところで首を横に振る。


「いえ、やっぱり駄目です。危険すぎます」


 相手は妖魔だ。皿を返したらって大人しく去ってくれるとは限らない。


 誠羽さんにも妖魔の害が及ぶかもしれない。そうなったら大変だもの。


「大丈夫だよぉ」


 頭の後ろで手を組み、呑気に言う誠羽さん。


「大丈夫じゃありません。妖魔を甘く見ないほうが良いです!」


 こうなったら、お皿を返しに行くのは諦めて別の方法を考えよう。


 そんな風に考えていると、不意に誠羽さんが私の腕を引っ張った。


「きゃ」


 誠羽さんは私の腕を引っ張ると、耳元で低く囁いた。


「……じゃあさ、こういうのはどう? いい案があるんだ」


 誠羽さんの美しい瞳が、まるで夜の闇のように妖しく光った。


「夜中にさ、二人で一緒にここを抜け出すんだ。面白そうだと思わない?」


 へっ。


「抜け出すって、そんなことができるんですか?」


「ああ。自慢じゃないけど、僕は宮廷中のありとあらゆる場所の抜け道を知ってるんだ」


 胸を張る誠羽さん。


「ええっ、凄い」


「抜け道を教えるから、その代わりに僕にもその悪霊を退治するところを見せてよ。ね、いいでしょ」


「えっ」


 悪霊退治には危険が伴う。そんなに簡単に人に見せて良いものでもない。


 それにこっそりと後宮を抜け出しているところわ見つかったらクビになるかもしれない。危険だ。


 でも――私は顎に手を当てて考えた。


 もし後宮をこっそり抜け出せるのであれば、炎巫になるためにやれることも増えそうだ。


 危険はあるけれど――ここは誠羽さんの話に乗ってやってみるしかない。


「分かりました。じゃあ今夜、一緒に行きましょう」


 こうして私と誠羽さんは、二人で夜、一緒に後宮を抜け出すことにしたのでした。

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