余章 炎巫降臨(梅梅視点)

第40話 梅梅の手記(1)

 麗らかに晴れた秋の日。


 青く澄んだ空に、重苦しい声が響きました。


「これから罪人の処刑を行う」


 役人の手によって、二人の少女が連れてこられます。


 一人は長い黒髪の少女、そしてもう一人は赤い髪をおさげにした少女――私、雨梅梅。


 私の人生もこれで終わりでしょうか。


 私は空を見上げ、今までの人生をゆっくりと振り返ったのでした。


 ***


 私、雨梅梅は南夏国の中央部に位置する王都夏京の生まれ。


 生まれた時から巫力が強くて、特に雨乞いは得意中の得意でした。


 それもそのはず、なんでも私の祖先は、かつてこの土地が干ばつで苦しんでいた時に雨乞いで雨を降らせた巫女だったのです。


 そのおかげで私の家は皇帝陛下から「雨」の姓をいただき、今でもたまに巫力の強い女の子が生まれるのだとか。


 私はその中でも特に巫力が強く、小さい頃から、雨が少ない地方があると聞けば両親に連れられ、雨乞いの儀式に駆り出されたものです。


「すごいぞ梅梅!」


 黒い雲からぽつぽつと小さな雨粒が落ちてくるのを見て、お父様が頭をわしゃわしゃと撫でる。


「えへへ、ありがとうございます」


 私は嬉しくてたまりませんでした。

 将来はこの国で一番の巫女になるのだと、信じて疑いませんでした。


 両親から「あの話」を聞くまでは――。


「梅梅は本当に凄いな」

「ええ。これで赤髪だったら炎巫になれたかもしれないのに」


 両親がそんな話をしているではないですか。


「どうして赤髪じゃないと駄目なのですか?」


 私が率直な疑問を口にすると、両親は困ったように顔を見合わせました。


「何でも何も、炎巫は赤い髪だと決まっているからねぇ」


 数日後、両親は私を巫宮へ連れて行ってくださいました。


 その日は炎巫様による雨乞いの儀が一般公開される日。


 私は父に肩車をされ、群衆の中に混じって初めて炎巫様の姿を見ました。


 炎のように揺れる長い赤髪。白いかんばせ。鮮やかに紅をさした唇。


 その時私は決めました。


 例え炎巫になれなくても、この人の元で巫宮で働こうと。


 その日から私は憧れの炎巫の真似をして赤く髪を染め、巫女になるための修行を始めました。


 学問に取り組み、占いや破魔の術を学びました。


 全ては炎巫に少しでも近づくため。


 だけれど私が十五の年に、皇帝陛下と炎巫は亡くなってしまいました。


 悲嘆に暮れている私に、一通の手紙が届きました。


 なんとこの私を、炎巫候補として巫宮に招くというのです。


 どうやら私の雨乞いの力量が巫宮にまで届いていたみたいなのです。


「でも大丈夫なのかい。あんたは髪も染めてるし」


「大丈夫です!」


 私は答えました。


「炎巫にはなれないかもしれませんが、候補になるだけでも巫女として引くてあまたと聞きました。巫女として巫宮に務められれば、お父さんとお母さんにも楽させてあげられます!」


「それもそうねぇ。受けるだけなら損もないだろうし」


 私は両親を無理矢理説得すると、巫女になるため、巫宮へと向かいました。


 黙って何も行動も起こさず、雨雨飯店の後継ぎになるよりはましですから。


「ここが巫宮ですね」


 官吏に連れられ、巫長に挨拶を済ますと、私は一人で部屋へと向かいました。


 どうしよう、この部屋で合ってるのかな?


 二人部屋と聞いていたけれど、同居人はどんな方でしょう。


 人見知りなので、なんだか緊張してきました。


 私が部屋の前でうろうろとしていると、一人の少女が声をかけてきました。


「こんにちは。もしかして、同室のかたですか?」


 振り返って、私は驚きました。


 長くて艶のある鮮やかな赤髪に、意志の強そうな大きな瞳。形の良い鼻筋に、きゅっと引き締まった口元。


 わあ、すごく美人な方です!


「あの、私、雨梅梅と申します。お散歩が趣味で……その辺をウロウロしているうちに迷ってしまって、もしかして同じ巫女候補の方ですか?」


「はい、私は紅明琳。梅梅……さんとは同じ部屋なの。よろしくね」


 にこりと微笑む明琳さん。


 彼女を見た瞬間、私は確信しました。


 わーっ、この子は絶対に炎巫に違いありません!


 だってこの燃え盛る炎のような紅の髪と独特の佇まいは、幼い頃に見た炎巫様にそっくりだったんですら。


 私は自分の髪を無意識に触ると、したをむきました。


 染めすぎて傷んだ髪を隠すためきつく編み込んだ髪。


 炎巫様の本当の紅髪とは全然違います。

 私は恥ずかしくなってしまいました。


「よ、よろしくお願いします」


 そして部屋に荷物を置いてしばらくすると、急に地震が起こりました。


「危ない」


 明琳は右手を伸ばし、グッと片手で私の体を引き寄せました。


 へっ!?


 私の小さな体が明琳の腕の中にすっぽり収まります。


 先程まで自分が立っていた場所に棚が落ちてくるのを見て、私が肝が冷える思いでした。


「大丈夫、梅梅。怪我はない?」


 優しい笑顔で私に尋ねてくる明琳。


「え、ええ。ありがとうです!」


 私は答えました。


 明琳、すごく落ち着いていて冷静な行動ですごいです。


 私より一つ年上なだけでそんなに歳も変わらないはずなのに、何だかすごく大人びているように見えました。


「あなたたち、何をどたばたと騒いでいるの」


 そこへ部屋の戸が開き、泣きぼくろに長身の巫女――緋静が入ってきました。


「あの、地震で棚が倒れてきて」


 私答えると、静は小さく舌打ちをしました。


「あのねえ、地震なんてこの辺じゃよくあることでしょ。それをそんなにどたばたと騒がないでよね」


 呆れたように腕を組む静。

 何だかすごくキツい感じの女の子みたいです。


 私がムッとしていると、明琳はまたまた落ち着いた口調で笑顔を作り、静に頭を下げました。


「ええそうね、ごめんなさい。以後気をつけるわ」


 静はそれを聞くと、ふんと鼻を鳴らして部屋から去って行きました。


「ま、せいぜい気をつけてよね」


 大きな音を立て、戸を閉めて去っていく静。


「何あれ、感じ悪いです」


 呟いた私の頭を、明琳はぽんと撫でました。


「気持ちは分かるけど、そう言わずに、ここで一緒に過ごす大切な仲間なのだから仲良くしましょう」


「明琳……」


 ああ、なんて人間ができた人なんでしょう。


 明琳みたいな人こそ、炎巫に相応しいというものだわ。


 それに比べて静は――。


 私は静の髪の色を思い出しました。


 油か何か塗って誤魔化しているけど――あの髪は、何度も髪を染めて傷んだ髪色です。


 他の人は騙せるかもしれないけれど、私は騙せません。


 あんな人が万が一にも炎巫に選ばれてしまったら大変です。


 その日から私は他の人にばれないようにこっそりと静のことを調べてみることにしました。

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