第十一章 それからの南夏国

第39話 それからの南夏国

 それからの南夏国は混乱を極めた。


 偽りの炎巫となった静とそれをそそのかした巫長は牢に監禁されることとなり、二人を利用し国を転覆させようとした右大臣もすぐに捕らえられた。


 二ノ妃も一時は捕らえられ幽閉されたようだが、私を匿い、右大臣が巫長と通じていた証拠を見つけたことで減刑となりすぐに放免されたと聞く。


 そして私はと言うと――罪人たちの処遇はとりあえずは皇帝陛下に任せ、天翼と共に霊峰・不死山へと向かっていた。


「そろそろ噴火の時ね」


 天翼の背に乗り、山の麓に降り立つ。


「ああ」


 天翼が頷くと同時に、地を揺るがすような轟音が鳴り響き、不死山の頂上から赤い溶岩が噴き出した。


「今だ、乗れ」


「うん」


 私は天翼の背中に乗り、天高く空へと舞い上がった。


「――鎮!」


 両手を広げ、祈りをこめて叫ぶと、赤く暖かな光が辺りを包む。


 地を這い街を襲うと思われた溶岩は冷えて固まり、人の住む地域まで届く前に黒い塊になってしまった。


 周辺地域には少し灰は降ったものの、国がお金を出して灰の除去に当らせたり、農作物の取れなくなった地域に補償したりもしたが、それも広範囲には至っていない。


「これで良い」


 天翼が、鎮火していく火山を見てうなずく。


「全く噴火させないと言うのも山に負担がかかる。数年に一度小規模な噴火を起こさせ、長い時間をかけて鎮火させていこう」


「うん」


 天翼が言うには、火山灰が積もってできた土地は水はけがよく肥沃なのでこの国の主要産業でもある野菜や果樹が良く育つ。


 火山が噴火するのも悪いことばかりではないのだという。


 この国は火とともに生きていく。


 炎巫と火の鳥とともに。


 これからもきっと。ずっと――。


「さ、戻ろう、明琳」


 天翼が人の姿に変化へんげし、私のほうへ手を差し伸べる


「うん」


 私たちは自分たちの住む家へと戻った。


「ふー、帰った帰った」


 私が巫女服のたさまま寝台にゴロリと横になると、人間の姿に変化した天翼が渋い顔をする。


「こら明琳、だらしないぞ」


「良いじゃん、ここは私の家だし、他に誰も居ないんだしさ!」


 私は口を尖らせた。


 ここは炎巫宮。巫宮と後宮に隣接している建物で、炎巫専用のお屋敷なんだ。


 宮殿とは言ってもそんなに大きいわけじゃないし、代々の炎巫が使っていた建物だから年季も入っている。


 だけれども日当たりが良くて風もよく通るし、庭もよく手入れされている。


 家具や調度品も最高級の品ばかりで、住むには快適な場所なんだ。


 私がぼうっとしながら庭の池や花々を眺めていると、お付きの女官が戸を叩いた。


「炎巫様、皇帝陛下がいらっしゃいましたよ」


 皇帝陛下が!?


「はい、今行きます!」


 私は襟元を直すと急いで応接室へと向かった。


「よっ、明琳、元気にしてたか?」


 右手を上げ、人懐こい笑顔を見せる皇帝陛下。


「はい、皇帝陛下。実は――」


 私が事の経緯を皇帝陛下に報告しようとすると、皇帝陛下は渋い顔をする。


「違うだろ、明琳。皇帝陛下ではなく、誠羽と呼べと言ったではないか。炎巫はこの国では皇帝と同等の権力を持つ者。遠慮するでない」


「す、すみません、皇帝陛下……」


 私が頭を下げると、皇帝陛下――ではなく誠羽さんは子供のように口を尖らせた。


「それから敬語もいらん」


 そんなこと言われても!


 私は困惑しつつも、他ならぬ皇帝陛下の頼みなので、渋々「誠羽さん」と呼ぶことにした。


「それで、今日は誠羽さんに報告があるんだけど」


「うむ、何だ?」


 私は天翼と不死山に行ったことや山の様子、噴火を小規模に抑えさせたことを誠羽さんにかいつまんで説明した。


「ふむ、なるほどな。明琳、良くやった」


 誠羽さんが満足そうにうなずく。


「……誠羽、来てたのか」


 そこへ渋い顔をした天翼も応接室へ入ってきた。


「おお、久しぶりだな、天翼。相変わらず愛想のない奴よ」


 誠羽さんが手を挙げると、天翼はますます眉をしかめる。


「誠羽は皇帝の割に威厳が無さすぎだ」


「くくく、まあそれは自覚しておる」


 誠羽さんは可笑しそうに笑ったあとで、ふと部屋の中を見回した。


「それにしても――この広い屋敷に明琳と天翼は二人だけで暮らしているのか?」


 実は天翼には、朱雀の姿だと色々と不便だから、人間の姿になってここに住んでもらっているんだ。


 たまに火山の様子を見に不死山に帰ることはあるけれど、基本的にはここで色々と私や皇帝陛下に助言をしてもらっているの。


「二人だけではない。雑用をしてくれるお付きの女官もいる。巫宮の者たちもしょっちゅうここに来るし」


 天翼が少し不機嫌そうな顔をして答える。


「ふぅん」


 皇帝陛下は意味深な表情を浮かべると、不意にこんなことを言い出した。


「それにしても、こんな離れに暮らしていては寂しいだろ。余がたまにここに遊びに来てもよいか?」


「それは良いのですけれど」


 遊びに来るって、皇帝の仕事も忙しいんじゃないの?


 私が不思議に思っていると、誠羽さんさ悪戯っぽくニヤリと笑うとこう言った。


「いや――いっその事、また後宮に戻れば良いではないか。正式に三ノ妃となって、妃兼炎巫として!」


「ええええっ!?」


 私が正式に誠羽さんのお妃に!?

 そんな馬鹿な!


 私が呆気に取られていると、横にいた天翼が顔を真っ赤にして反対する。


「駄目だ駄目だ! 妃と炎巫を兼任するなど聞いたことがない」


「そ、そうだよ。炎巫の業務に支障が出たら困るし!」


 私と天翼の反応に、誠羽さんは少し不満そうな顔をする。


「えぇ? 別に良いではないか。妃の職務などそう大したものがある訳でもないし、余の側にずっと居れば良いでは無いか」


 あっけらかんとした顔でいう誠羽さんに、天翼は眉間の皺をますます深くし、ぴしゃりと言い放った。


「絶対に駄目だ!」


 ……はあ。


 私は頭を抱えた。


 炎巫の座を巡る国の騒乱は収まったけれど、まだまだ後宮内では一悶着起きそう。


 全く、どうなっちゃうのかしら。





[完]


※明日からは番外編の連載が始まります!!

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