第38話 炎の巫女

「貴様は何だ!」


 処刑人が斧を持つ手を止めて怒鳴る。


 私は大きく息を吸い込み、胸を張って叫んだ。


「私は紅明琳。この国を守る炎巫です!」


 私が叫ぶと、周りが騒然とした。


「炎巫だって!?」

「あの娘、何を言っているんだ?」

「冗談にもほどがある」


 困惑する者、嘲笑するもの。

 その反応は様々だったけれど、誰一人として私の言葉を信じていないのは分かった。


 どうしよう、誰も信じていない。どうすれば信じてもらえるのだろう。


 私が考えていると、巫長が顔を真っ赤にして前に進み出た。


「嘘おっしゃい。炎巫はここにいる静よ。間違いないわ。あなたが本当に炎巫だと言うのならば、証拠を見せてごらんなさいな!」


 証拠など見せられるはずもないと胸を張る巫長。


 そうだわ。


 私は口の端を上げて笑った。

 証拠ならあるじゃない。


「見なさい、証拠ならここにあるわ」


 首飾りの赤い石を高く天に掲げる。

 今こそその力を見せる時よ――!


「おいで――天翼!」


 私が叫んだ瞬間、先程まで空を覆っていた分厚い雲が裂けた。天が開き、眩い光が降り注ぐ。


 そこに居た全員が驚愕の表情で天を見上げる。


「何だ……?」

「おい、あれを見ろ!」


 ざわめく群衆たち。


 雲を裂き、舞い降りてきたのは――太陽のごとく眩い火の鳥だった。


 炎を纏った天の翼。

 生と死を繰り返し、決して死なない神獣。

 この国の守り神、不死の鳥朱雀だ。


「見ろ、あれを」

「朱雀だ!」

「火の鳥だ!!」


 ある者は驚愕の、ある者は歓喜の、またある者は畏怖の表情で、群衆が次々に空を指さす。


「そんな馬鹿な――あれは朱雀!?」


 巫長と静の顔が真っ青になった。


 群衆の驚きなどものともせず、悠々と空を泳いだ赤い鳥は、私の横に降り立つと、くいと頭を下げた。


「……乗れということ?」

 

「そうだ」


 天翼が頷く。

 私はごくりと唾を飲みこむと、恐る恐る天翼の背中にまたがった。


 両翼にも胴体にも炎が揺らめいているからてっきり熱いのかと思いきや、ほのかに温かいだけで全く熱くなかった。


「では行くぞ」


 声と共に、ふわりと天翼の体が浮き上がる。


 私はがっしりと天翼の首に手を回し、落ちないように体を支えた。


「わあっ」


 気がつくと私たちは遥か上空にいて、王宮も処刑を見に来た人々も指の先ほどに小さく見える。


「ケーーーン!」


 天翼が一声鳴くと、周りの雲がさあっと晴れる。


 と同時に、空からぱらぱらと大きな雨粒が大量に落ちてきた。


「雨だ!」

「晴れなのに雨が!」

「恵みの雨が!」


 天翼の振らせた雨は大地に染み渡り、草や木を潤し、そして――。


「見ろ、炎巫の髪が!」


 群衆が次々に静の髪を指さす。


 雨に濡れた静の髪は、静本来の髪色である黒い髪に戻っていた。


「黒い髪だ!」

「どういうことだ、炎巫の髪は赤のはずだ」

「偽物だったのか!?」


 人々が静の髪を指さす。


「ち、違います――これは」

「そ、そうよ、これはあの娘の妖術で――」


 言い訳しようとした巫長の言葉遮ったのは、ことの成行を御簾の中で見守っていた皇帝陛下だった。


「黙れ」


「こ、皇帝陛下!」


 皇帝陛下の強い口調に、巫長が押黙る。


「国の象徴である神獣・朱雀を操れるのは炎巫のみだ。あの朱雀が、三ノ妃が炎巫だという証拠でなくて何なのか」


 皇帝陛下は両脇に控えていた兵士に指示を出した。


「何をしている、早くあの偽物どもを捕らえよ」


「は、はいっ!」


 慌てふためく静と巫長。


 がっしりと兵士たちに捕らえられた。


「皇帝陛下、誤解です、これは――」


 何かを叫ぶ巫長。

 一方、静は諦めたようにただ静かにうなだれていた。


「黙れ。皆も見ての通り、次の炎巫はそこにいる紅明琳だ。異論はあるまいな?」


 皇帝陛下の一言に、その場にいた全員がひれ伏した。


「はい、異論ありません」


「そして右大臣――」


 皇帝陛下が右大臣に向き直る。


「貴様も偽の炎巫擁立に加担した罪で拘束する」


「なっ……あれはあの者たちが勝手にやったことです。私は何も――どこにそんな証拠があるのですか!」


 まくし立てる右大臣。


「いいえ、証拠ならありますわ」


 そこへやってきたのは右大臣の妻で二ノ妃の母親の月夫人だった。


「お、お前! どうして!」


「これは貴方の部屋で見つけた巫長とやり取りした証拠の書簡です。ここにハッキリと、『あなたと私の子である静を巫女にします』と書いてありますわ」


 月夫人がバサリと書簡を広げ、皇帝陛下に手渡す。


 皇帝陛下は手紙を一瞥すると、低い声で告げた。


「これは右大臣の字に相違ないな。ひっ捕らえろ」


「そ、そんな、誤解です。きっと誰かが私の筆跡を真似て――」


 顔面蒼白になりながら言い訳をする右大臣の両腕を、がっしりと兵士が掴んだ。


「誤解です! 釈明させてください! 陛下! 皇帝陛下――!」


 叫び声だけを残し、右大臣は兵にどこかへと連れ去られてしまった。


 私がほっと息を吐いていると、月夫人が隣にやってきて頭を下げた。


此度こたびは、うちの夫が申し訳ありません。炎巫と皇帝陛下を騙し、この国を転覆させようとするなど言語道断」


「いえ、夫人も被害者ですから」


 私は夫人の肩に手を置いた。


「これからは、共に国を良くする手伝いをしていただけませんか?」


「ええ、もちろんですとも!」


 月夫人が力強くうなずく。


「良かったな明琳」


 声がして横を向くと、そこには人間の姿に変化した天翼がいた。


「ええ。ありがとう、天翼。天翼のお陰でこの国が救われたわ」


 私は天翼に向かって笑いかけると、天翼は照れたように横を向いた。


「いや、全ては明琳の功績だ。この結末になったのは全て明琳の選択のお陰だったのだから」


「それでも、ありがとう」


 私は天翼の背中に手を置いた。

 人生をやり直してよかった。


 きっと未来は明るくなる。


 そう信じてる。

 

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