第37話 炎の鳥
祠の中は、人一人通れるか通れないか程の狭い通路しかない。
「暗いわね……」
私は荷物を漁ると、たまたま持っていた小さな蝋燭に火を灯した。
ぽわっとした小さな光に、安堵の息を漏らす。
「これでよし」
蝋燭で道の先を照らしてみる。黒っぽい岩肌をくり抜いただけに見える洞窟が奥深くへと繋がっているように見える。
とりあえず先へと足を進めると、急に大きな羽音がした。
バサバサバサ。
「きゃあっ!?」
私が慌ててしゃがみ込むと、頭の上を二、三羽の
『明琳、どうした』
どこからか天翼の声がする。
「大丈夫、ただの蝙蝠だから」
答えつつも、私は天翼はどこにいるのだろうかと疑問に思った。
もしかして自分の姿も保てないほどに天翼の力が弱まってしまっているのだろうか。
そんなことを考えつつ暗い通路を歩いていくと、道はすぐに行き止まりになってしまった。
「行き止まりだわ」
どうしよう。本当にここで合っているのだろうか。
「天翼、天翼いるの?」
聞いてみるも返事はない。
とりあえず目の前の黒い岩肌でできた壁をぺたぺたと触ってみる。
と、ここで私はあることに気づいた。
「……あれっ? これは」
苔のうっすらと生えた壁はよく見ると何かの絵が描かれている。
急いで蝋燭で照らし、目を凝らして絵を見てみる。
「長い髪の……これは巫女かな。それからこの大きな鳥は――」
私が赤い鳥に触れた瞬間、鳥が赤く光り、横に小さな丸い窪みが現れた。
「ここに何かはめるみたい。この形はもしかして……」
私は首にかけていた首飾りを取り出した。
お姉様から出発の日に貰った首飾り、その中央についている赤い石が、共鳴するかのように激しく光った。
“これ、あなたが生まれた日の朝に河原で拾ったの”
お姉様の笑顔と優しい声が思いだされる。
まさか――。
私は思い切ってくぼみに石をはめてみた。
「えいっ」
カチリ。
石は窪みにぴったりとはまり、それから少しして、地響きのような低い音がした。
目の前の壁が真っ二つに開き、中から薄暗い下り階段が現れる。
やっぱり。隠し通路だったんだ。
私がその場に立ちすくんでいると、遠くから人の声が聞こえた。
「今、この辺から何か音がしなかったか?」
「見ろ、こんな所に祠がある」
まずい。急がないと。
私が急いで階段を降りると、背後で隠し扉が閉まる音がした。
はあ……はあ……はあ。
息を切らしながら階段をひたすら降りる。
やがて、石壁で囲まれた小さな部屋が見えてきた。
「ここは……行き止まり?」
部屋に入ると、中央には、人が二人か三人ほど入れそうなほどの大きな石棺が置かれてある。
その他には見回してみても他に何もなく、隠し通路や階段らしきものもない。
「となると、やっぱりこれだよね」
私は部屋の中央に置かれた石棺に手をかけた。
「よいしょ……」
私は力を振り絞り、石棺の蓋を押し開けた。
ゴゴゴゴゴ。
鈍い音がして、石棺の蓋がほんの少しだけ開いた。
とたん、眩いほどの赤い光が石棺の中から発せられ、私は目をつぶった。
「眩しっ……」
恐る恐る目を開けると、目の前にいたのは炎のように真っ赤な大きい鳥だった。
「これは――」
歴史書で見たことがある。
この国の守り神であり、炎巫の象徴でもある神獣――火の鳥・
「ようやくここまで来てくれたな。明琳」
低い声がして、気づく。
この声は――。
「天翼!?」
「天翼、あなたなの?」
目の前の火の鳥に尋ねると、天翼は小さく頷いた。
「ああ。この体が私の本来の姿だ」
まさか天翼が、この国の守り神で神獣の朱雀だっただなんて!
「それで天翼は私に炎巫になるように助言してくれていたのね」
「ああそうだ。やっと会えたな」
大きな翼を広げ、朱雀――天翼が私を抱擁する。
炎でできた翼なので少し戸惑ったけれど、触れてみるとちっとも熱くなくて、柔らかな動物の温もりを感じた。
「大変です、ご主人!」
私が懐かしい温かさに浸っていると、ポンと音がして、白い狐が現れた。
「どうしたの、白狐」
尋ねると、白狐は血相を変えて叫んだ。
「大変です。梅梅殿と白蘭殿が捕らえられてしまいました!」
梅梅と白蘭さんが捕らえられた!?
「分かったわ。すぐ行く!」
私はくるりと振り返りかけ、天翼に声をかけた。
「……とその前に、天翼も一緒に来てくれる?」
私が頼むも、天翼は首を横に振った。
「いや、火山の様子が気になるから長くは離れられない。必要に迫られたら、その赤い石に向かって俺の名前を呼んでくれ」
その答えを聞いて気づく。
そっか。
天翼はいつもこの場所にいて火山の様子を見守ってたんだ。
だからいつも私のところには魂の状態でしか来れなかったのね。
天翼はずっとこの場所で国を守っていたんだ。
「ええ、分かった。必要な時だけ呼ぶわ」
私は首飾りの石をきつく握りしめた。
「さ、早く」
白狐が尻尾をパタパタさせて促す。
「ええ」
白狐に促され、私は祠を出た。
梅梅、白蘭さん、どうか無事でいて!
祈りながら、私は馬を走らせた。
***
麗らかに晴れた秋の日。
青く澄んだ空に、重苦しい声が響いた。
「これから罪人の処刑を行う」
役人の手によって、二人の少女が連れてこられる。
一人はおさげの赤い髪の少女、もう一人は長い黒髪の少女だった。
梅梅、白蘭さん!
私は人ごみを掻き分け、二人のもとへと走った。
官吏の重苦しい声が城門前の広間に響く。
「この者たちは、時期炎巫様が偽物などという虚言を流布し、国を混乱に陥れようとした。その罪、万死に値する!」
声とともに、巨大な斧を持った男が現れた。
まずい。急がないと。
「待ちなさい!」
私は叫びながら群衆をかき分け、今まさに処刑が行われようとしている広間へと飛び出した。
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