第十章 炎の巫女

第36話 天変地異の予兆

「――白狐」


 私は白狐を呼び出した。


「はい、何でしょうかご主人」


 ポンという音とともに白い狐が現れる。


 私はホッと息を吐いた。


「良かった、来てくれて」


「どういう意味です?」


「だって天翼、肝心な時に居ないんだもん。一体どこにいったやら」


 私がぶつくさ言っていると、白狐はふむ、とうなずいた。


「ふむ、まあ、天翼様にも色々と事情があるのでしょうね。あの方はいつも魂をこちらに飛ばしている状態でしたし、本体に何かあったとしたらそちらに行かざるを得ないのかも知れません」


「な、なるほど」


 天翼、今忙しいのかな。


「まあ、いいわ。調べたいことがあるから本を持ってきてくれないかしら」


「はい、分かりやした。探して必ずや持ってきます」


「あとは――」


 私は前回の生での出来事を思い出した。


 前回は私の代わりに梅梅が一ノ妃様を占うこととなり投獄されてしまったんだっけ。


「梅梅を探して、見つけたら巫宮から逃げるように言って」


「はい。分かりました」


 ポンと音がして、白狐は私の目の前から消えた。


「失礼します」


 私がため息をついていると、着替えを持った白蘭さんが入ってきた。


「こちら、月夫人がお使いになっていたものですが、お体に合えばとの事です」


 月婦人というのは、二ノ妃様のお母上の名前だ。


 月婦人は、代々大臣職を務める名門一家の娘で、とても聡明な方なんですって。


「ありがとう。どんな服でも嬉しいわ」


 私は衣服を受け取ると、白蘭さんに頭を下げた。


 見ると、二ノ妃のお母上様の使わなくなった衣服とは言っても、私から見ると驚くくらい豪華な衣装ばかり。さすがは名門一族の娘だけある。


 私は白蘭さんの持ってきてくれた衣服の中からできるだけ地味な柄のものを選んで着てみた。


 地味はいっても、高そうな衣服には変わりないのだけれど。


 着替えの途中、私はふと豪華な布に不釣り合いな皮の紐に目がいった。


 王都に旅立つ前、お姉様がくれた赤い石の首飾りだ。


 お姉様、お母様、お父様、元気かな。


 私が石に触れながら故郷を思い出していると、またしても地面が揺れた。


「きゃっ」


 着替えを手伝ってくれていた白蘭さんが声を上げる。


「また地震!?」


「この間の地震よりは小さいし、最近地震が多いから慣れてはきたけれど、不気味ですよね」


 白蘭さんが不安げな顔をする。


「ええ。これからもっと悪いことが起こらなければ良いですけど」


 私は窓の外、遠く秋晴れの空を見つめた。


 天翼が言っていた。


 私が炎巫にならなければ、地震や火山の噴火、干ばつや疫病などが起き、国が亡びると。


 その日が近づきつつある気配を感じて、私は身を震わせた。


 もしこのまま偽りの巫女が炎巫になってしまったら――。


「この国はどうなってしまうのだろう」


 私はギュッと着物の袖を握りしめた。


 その様子を見て、白蘭さんは慌ててこう付け足した。


「で、でも悪いことばかりじゃないですよ。最近はいくら巫長や静が祈祷をしても雨が降らないし天変地異も治まらないから、宮内で炎巫候補が偽物なのではという噂も出始めているって聞きました」


「そう。雨乞いは巫長や静の得意分野のはずなのに、おかしいわね」


 私はじっと窓の外の木を見つめた。


 早く――早く私が炎巫になってこの国を治めないと。


 でも、どうやって?


 この国が――私の大切な人たちが、大変な目に合ってしまうかもしれないのに。


 しばらくして白狐が戻ってきた。


「三ノ妃様、頼まれていたた本を持ってきましたよ」


 白狐が取り出したのは、私が頼んでいた数冊の本だった。


 巫女に関する書物、国の歴史に関する書物、神話や国の成り立ちに関する書物。


 この中のどこかに、事態を打開する手がかりがあるかもしれない。


「助かるわ。それで、梅梅は――」


「梅梅に関しては、これから探すでやんす」


「分かったわ、ありがとう」


 私がお礼を言うと、ポンと音がして再び白狐は消えた。


 私はそれを見届けると、とりあえず歴史書に目を通し始めた。


「……これは」


 私が手を止めたのは初代炎巫が巫女の座についた時の記事だ。


 そこには、国の中央部にある霊山・不死霊山ふしれいさんが噴火し、国中に灰が降った。


 そこへ巫女がやってきて、巫力で皇帝に助言し国を治めたとある。


 火山の噴火――そういえば、以前天翼もこのままでは火山の噴火をはじめ、地震や飢饉が起きると言っていた。


 もしかして、最近続いている地震は不死山噴火の予兆ではないだろうか?


「一度、不死霊山に行って様子を見てみようかしら」


 まだ炎巫就任の儀までは時間がある。

 もし私が炎巫なら、不死山の噴火を食い止められるかも知れない。


「二ノ妃様、白蘭さん、私、行ってくるわ」


 私は二ノ妃様に早馬を借りて不死山へと向かった。


 馬で駆けること数時間。

 私は不死山のふもとへとやってきた。


「ここね」


 ここから先へは馬では入れないので、山の麓にある朱雀すざくびょうへ馬を停める。


 ここはこの山の守護神獣ある朱雀を祀っている廟で、山に立ち入る者はここに参拝することが慣例になっている。


 急いでいるけれど、一応参拝はしたほうがいいかしら。


 私が迷っていると、どこかから声がした。


『明琳、気をつけろ。近くに巫長と右大臣の手の者がいる』


 これは……天翼の声?


 どうして声だけで姿が見えないのだろう。


「天翼? あなたどこに――」


 問いかけようとしたその時、近くから声が聞こえてきた。


「本当にここで良いんだろうな」

「ただの噂話じゃないのか?」

「そもそも俺たちに捕まえることができるのか?」

「何、これだけの人数がいれば大丈夫さ」


 私は慌てて木の影に身を隠した。


 ほどなくして、鎧を着た兵士の一団がぞろぞろと通り過ぎて行った。


 あいつらは何?


 捕まえるって……何を捕まえる気なの?


 兵士の一団が通り過ぎたあと、再び声がした。


『こっちだ』


 天翼!?


 振り返ったけれど、天翼の姿はなく、代わりに一羽のすずめが私をじっと見つめた後、促すようにバサバサと飛び立った。


「……着いて来いって言ってるの?」


 私はごくりと唾を飲むと、雀の後を追って森の中を走った。


 やがて雀は、朱雀廟の近くにある小さな石でできたほこらの中に吸いこまれていった。


「これは……」


 ここ、瑠璃色の皿が封印されていた祠に少し似ているかも。


 ここにも何かが封印されているの?


 私は意を決して祠の中に飛びこんだ。

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