第35話 囚われの妃

 「それは……そうですけど、私はただの女官で」


「では私に協力してくだされば、二ノ妃様には被害が及ばないように最大限努力いたします。そう二ノ妃様に伝えていただけますか? それだけで結構ですので」


 私がまくし立てると、白蘭さんは渋々うなずいた。


「ええ。それぐらいであれば」


「それで充分です。ありがとうございます」


 部屋を出て、私は小さく息を吐いた。


 まさか白蘭さんが味方になってくれないだなんて。


 やはり軽率に生まれ直しのことを明かすべきではなかったのかもしれない。


 皇帝陛下の時はそれで上手くいったから、判断を誤ってしまったみたい。


「失敗したかなあ……」


 私は小さくつぶやいた。


 それにしても――これでやろうと思っていたことはだいたい果たした。


 妃になり、瑠璃色の皿を元に戻し、白蘭さんを助け、掛け軸の邪龍も除霊した。


 一ノ妃様を大蛇に襲わせていた犯人が二ノ妃様ということも分かった。


 あとは右大臣と巫長、静の企みに関する証拠をさらに集めるのみ。


 そう思って居たのだけれど――。



 ある朝、私は鎧の擦れる音と荒々しい足音で目を覚ました。


「な、何ですかあなたたちは。何者ですか!?」


 お付きの女官の叫び声。


 まさか――。


 急いで起きると、鎧姿の兵士たちが勢いよく部屋に入ってきた。


「何ですかあなたたちは。私を誰だと思っているのです? 誰の許可を得てここに来ているのですか」


 私が毅然とした態度で問うと、兵士は顔色ひとつ変えずに言う。


「右大臣の命だ」


「三ノ妃――いや紅明琳、貴様を妖しげな妖術で皇帝陛下をたぶらかし、暗殺しようとした罪で拘束する!」


 そんな。


 反論する間もなく、私は兵士に連れられ塔に幽閉されてしまった。


 一体どういうこと?


 私は塔の一番上の牢から外を見下ろし考えた。


 私が陛下を暗殺しようと企てるだなんて、陛下は私の味方だから言い出すわけないし……やはり二ノ妃様?


 二ノ妃様が私を陥れようとしてそんな嘘をついたのだろうか?


 どうしよう。


 これで最後なのに。


 この生で私が炎巫になれなければ、この国も、家族も、私の大切な人たちも、みんな大変なことになるのに。


 私がそんなことを思っていると、こちらへ向かってくる足音が聞こえてきた。


 誰? 陛下? それとも――。


 私が背筋を伸ばし身構えていると扉が鈍い音を立てて開いた。


「こんにちは、三ノ妃様」


 入ってきたのは、白蘭さんと二ノ妃様だった。


「二ノ妃様! どうしてここに――」


 私が声を出すと、二ノ妃様は人差し指を口の前に持っていき、辺りを用心深く見回した。


「白蘭に全て聞いたの、あなたが父のたくらみを阻止するために後宮に入って妃のふりをしていると」


「えっと、それは――」


 私がどう言い訳しようか考えていると、二ノ妃様はがばりと頭を下げた。


「申し訳ございません」


「えっ?」


 私があっけに取られていると、二ノ妃様はゆっくりと話し始めた。


「私、後宮に来たばかりなのに皇帝陛下に愛されてお子を授かった三ノ妃が憎くて、つい巫宮を通して呪いの掛け軸を送ってしまったの。それがまさか、この国の転覆を防ぐためだっただなんて」


 袖で顔を覆い、しくしく泣き出す二ノ妃様。


「それじゃあ、一ノ妃を大蛇で襲ったのも――」


 私が恐る恐る切り出すと、二ノ妃様は涙目で頷いた。


「ええ、私です。一ノ妃ばかり皇帝陛下に愛されているのが憎くて……巫長に占いで言われたの。一ノ妃を亡きものにしない限り私は愛されないって。文仙廟に行くからそこで襲えば分からないって」


「巫長があなたにそうそそのかしたの?」


 私の問いに、二ノ妃様はこくりと頷く。


「ええ。ごめんなさい、でも私は皇帝陛下を失脚させたりこの国を荒廃させることまでは望んでいないの。だから私に協力させて」


 必死で頭を下げる二ノ妃様。


 その話が本当なら、二ノ妃様は皇帝陛下のお気を引きたくて私や一ノ妃様を狙っただけで、右大臣の企みとは関係がないということになる。


 でも――そう簡単に二ノ妃様を信用してもいいのだろうか。


 私が返答に困っていると、二ノ妃様はさらに続けた。


「それに私はお母様の家の力で右大臣の座につけたのに、裏切って巫長と恋仲となったお父様が許せないの。巫長もお父様も失脚させるべきよ」


 白蘭の顔を見ると、白蘭は真剣な顔で小さくうなずいた。


 本当か嘘かは分からない。


 だけどここは二ノ妃様を信じたい。

 ここから出ないことには、このままでは処刑は免れないし。


 と、ここでぐらぐらと地面が揺れた。


「地震だ! 避難しろ!」


 そんな声が遠くから聞こえてくる。


「さ、今の隙に」


 二ノ妃様が私の腕を引っ張る。


「え、ええ」


 私は白蘭さんの用意した女官の服に着替え二ノ妃様と白蘭さんと一緒に牢を抜け出した。


「お母様の別邸が近くにあるから、そこに逃げましょう。お父様も、まさかうちの実家に三ノ妃――いえ、炎巫がいるとは思わないはずだわ」


「ええ、ありがとう」


 二人で馬車に乗り込み、二ノ妃様の別邸へと向かう。


 ほどなくして、馬車は大きいけれど質素な邸宅の前で止まった。


「この部屋が空いてるから、好きに使うといいわ。困ったことがあったら白蘭に言って」


「ありがとうございます。助かります」


 大きな邸宅の一室に荷物を下ろし、私はようやく一息ついた。


 記憶によると、地震の数日後には新しい巫女の就任式があったはず。


 それまでに何とかして静が偽の巫女だと証明しないと。


 ……でも、どうやって?


「ねぇ天翼、どうしたらいいと思う?」


 呼びかけて見たけれど、天翼の姿はどこにもない。


 いつもそう、肝心な時に天翼は私の前から姿を消してしまう。


 天翼って、本当に私の味方なのかしら。


 もしかしたら、本当は天翼は邪悪な妖魔で、私が何度も人生をやり直しては苦しむのを見て喜んでいたりして。


 ……って、天翼に限ってそれはないか。


 天翼って、無愛想で不器用に見えるけど、私のことを心配してくれているのは分かるもの。

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