第33話 花と狐
宴は、最初に新入りの妃である私の紹介から始まった。
「この度、新たに陛下の妃として迎え入れられました、紅明琳と申します。妃として至らない点もあるかと思いますが、皆様どうぞよろしくお願いします」
私が頭を下げると、陛下が満足そうに頷いた。
「うむ。余が見初めて妃にした三ノ妃だ。一ノ妃、二ノ妃、先輩として色々教えてやってくれ」
陛下の言葉に、一ノ妃様と二ノ妃様が頭を下げる。
「はい」
「もちろんでございます」
私はチラリと二ノ妃様のほうを見た。
真っ赤なお召し物で同じ色の紅をさした二ノ妃様は美しいけれど……一瞬だけ蛇のような目で睨まれたような気がした。
そういえば二ノ妃様って、右大臣の娘なんだったわよね。
私が身を引き締めていると、女官たちが入ってきた。
「
一ノ妃様の女官たちによる舞が披露され、続いて二ノ妃様たちの女官が入ってくる。
「聞くに、そこにいる白蘭は物語の名手らしいですね。ぜひ披露していただきたいですわ」
「はい」
白蘭が物語を披露する。
前回の生で披露したのと全く同じ話だ。
違いは、今回は物語対決では無いので物語を披露したのは一つだけということだ。
観花の宴も無事に幕を閉じ、私たち妃はそれぞれに後宮へと戻ることとなった。
その帰り、私は思い切って白蘭に声をかけてみた。
「白蘭さん、物語、素晴らしかったですわ、さすが物語の名手」
私が微笑みながら手を叩くと白蘭さんはこれ以上ないくらい頭を低く下げた。
「い、いえ、とんでもないですっ」
「今度、私にも物語を披露していただけないかしら?」
白蘭さんは恐縮したように姿勢を直す。
「ええと、それは、二ノ妃に許可を頂けるのであれば……」
白蘭さんが二ノ妃様の顔をチラリと見ると、二ノ妃様は無表情にうなずいた。
「私は構いません」
「では決まりですわね。さっそく今夜うかがってもよろしいかしら?」
私が言うと、白蘭さんはさらに小さく縮こまりながら答えた。
「は、はい」
「ありがとうございます。楽しみだわ」
と、二ノ妃様が去ろうとした時、ふと二ノ妃様のお召し物の袖が
――えっ。
そこには、三本の猫にひっかかれたかのような筋があった。
どういうこと?
「まさか――二ノ妃様が大蛇を操っていた犯人?」
部屋に戻り、私が一人つぶやくと、天翼がうなずいた。
『そのようだな。実を言うと、観花の宴の時に二ノ妃が私のほうをじっと見ていた気がしたのだ』
「えっ、そうだったの。そういう大事なことは早く言ってよ!」
『すまない。証拠がないから今まで黙っていた。私の勘違いかもしれないし』
「そう。なら仕方ないけど」
私は考えこんだ。
普通の人には見えないはずの天翼の姿が二ノ妃様に見えていたということは、二ノ妃様は相当巫力が強いということになる。
でも大蛇を使い一ノ妃様を襲ったのは二ノ妃様だとして、動機は何?
一ノ妃様を襲った時に顔を見られたと思って今度は私を狙ったということなのだろうか。
それとも、私が世継ぎを妊娠したから、妃としての優先度が下がるのを恐れて襲ったのだろうか。
どちらにせよ、二ノ妃様は巫力を持ち、大蛇を操っていたのは確かだ。
このことを早く陛下に知らせないと。
「……と、その前に、他にもやることがあったわね」
私は前の生での出来事を思い出した。
前の生では、確か観花の宴の後に白蘭が倒れたんだったわね。
助けに行かないと。
***
その夜、私はお忍びで白蘭さんの部屋へとやって来た。
「失礼いたします。白蘭さんはいらっしゃいますか?」
話しかけたけれど返事がない。
私が戸を開けると、やはり前回と同じように部屋の中に白蘭さんが倒れていた。
例の琵琶は……あった。
私が琵琶を手に取ると、琵琶はするりと私の手から逃げ出そうとした。
逃がすものか。
私は胸元から御札を取り出すと、素早く琵琶に貼り付けた。
「――散!」
私が琵琶に御札を貼り付けると、何かが弾けるような音がして、茶色いふわふわのものが床に転がった。
「ケーン!」
「白狐、久しぶりね」
私が言うと、白狐は不思議そうな顔をした。
「ケン?」
あ、そっか。白狐には過去の生の記憶が無いんだ。
と、ここで白蘭さんが目を覚ました。
「三ノ妃様!? こ、これは一体」
目を白黒させる白蘭さん。
「気がついた? この部屋にあった琵琶はこの狐が化けていたのよ。貴方はこの狐の妖魔の気に当てられて倒れていたの」
私が早口に説明すると、白蘭さんは口を小さく開けたまま「はあ」と呟いた。
「お助けいただきありがとうございます……そういえば聞いたことがあります。三ノ妃は以前巫宮にいた事があると」
「ええ。一ノ妃を襲った妖魔を退治したこともあるわ」
「そうだったんですね。まさかお妃様に命を助けられるだなんて。なんとお礼を言ったらいいか」
「お礼はいりませんわ。ただ、私のお話を聞いていただければ」
「三ノ妃様のお話?」
「ええ。物語る琵琶のお話よ」
私が言うと、白蘭さんはさっと顔色を変えた。
「昔昔、あるところにとある後宮に仕える女官がおりました。彼女はとある雪の日、門の前に捨てられている琵琶を見つけました」
「ちょ、ちょっと待ってください。三ノ妃様、どこでそれを聞いたんですか?」
「白蘭さんは――私が、何回もこの生をやり直していると言ったら信じますか?」
私はこれまでのことを白蘭さんに話して聞かせた。
「そんな……まさか」
「嘘だと思うなら見せてあげましょう」
「どう? これで信じていただけたかしら?」
「はい、三ノ妃様の言葉には矛盾はありませんし、私が他の人に喋ったことがないことも知っておられます」
「それじゃあ、私に協力してくれないかしら」
「いえ、それはできません」
「なぜ?」
「私は二ノ妃様の女官ですから。二ノ妃様の味方でなくてはなりません」
「……そう。でもそれって、本当に二ノ妃のためになるのかしら?」
「え?」
「妃が駄目なことをした時は正しい道に導いてあげるほうが、本人のためになるのではないかしら」
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